20240523. 3、ナノコンポジットの論文・・・引用数が多い論文

先回はポリアセチレンの論文について紹介した。この材料はとても興味深いが、大気中で扱うことが難しく実用に供するにはハードルが高いと思っていた矢先、私にとっては大きな出会いがあった。
会社での居室は大部屋であり、私の所属していた有機材料のグループの周りには無機材料のグループ、金属材料のグループが散在していた。無機材料のグループで粘土鉱物に興味を持っている方がおられた。かなり純度の高いものが入手できることから粘土鉱物の一種であるモンモリロナイト(ベントナイトの一種)を選んでその水中での分散を調べられていた。またアルキルアミンなどの有機物で処理するとトルエンなどの有機溶媒中でも良く分散するのでその膨潤挙動を研究されていた。
元々趣味で化石を収集しておられ古代アンモナイトの化石の臭いを嗅ぐとどうも海の香りがすることに気がついた。これは粘土とアミノ酸との反応物に違いないとの事で有機材料のグループに相談があった。
粘土鉱物と有機材料の反応を調べること、これが私に与えられた仕事(粘土との出会い)である。私自身粘土鉱物は扱ったこともなく、天然の素材(不純物が混ざっている)なのであまり気乗りはしなかったが、まずは何か反応をやってみようということになった。
有機材料グループでは何かポリマーを作ってみようということになり数人で議論を開始した。トルエンで膨潤する、これはつまり有機分子が粘土鉱物の層間に挿入して(これをインターカレーションと言う)層間が広がっていることに着目し、層間にモノマーを入れて重合してみようという話になった。
何を合成するか議論している際に、先輩がアミノ酸なら構造が似ているのでポリアミド(ナイロン)だろうという話になり、またモノマーもシンプルなものが良いからナイロン6にしようということになった。
早速粘土鉱物を表面処理する有機分子を設計するのであるが、粘土鉱物のシリケート層はマイナスにチャージされているためまずは末端にカチオンであるアンモニウムイオンをもってきた。反対側の片末端にはナイロン6のモノマーであるε-カプロラクタムを開環重合させるためにカルボン酸が良いだろうと考えた。
最後にある程度疎水性を持たせるために炭素鎖は12個ぐらいにしようということで12-アミノドデカン酸の塩酸塩に決めた。これでモンモリトナイトの処理をしてカプロラクタムと混合し100℃で混ぜると何と見事に膨潤し、カステラのようなケーキ状物質が出来上がった。これには驚いたが、この際にカプロラクタムが層間にインターカレーションできていたのであった。その後は250℃でこのまま数時間熱処理をすれば、層間でナイロン6が合成されており、ナイロン6中にシリケート層が一層一層完全に分散した材料が出来上がった。
最初は100g程度の重合物を作っていたが妙に硬いので、大量に合成して機械的物性を測定することになった。この時は10㎏スケールの容器を使用して日夜合成に励んだ。ナイロン6中に5%程度の粘土を分散させるだけで剛性や耐熱性、ガスバリア性が向上することが分かり、すぐに樹脂メーカー(宇部興産)とユーザー(トヨタ自動車)と3社で共同研究がスタートした。
2年間で量産可能な材料に仕上がり1990年には自動車用のタイミングベルトカバーに採用された。実用化に関しては種々の苦労があり諸先輩にはお世話になったが、まずまず順調に進んだと思う。しかしながら、いざ論文を書こうとする段階になるとあまりに単純すぎて内容のふくらみが無いことに気がついた。
まずは12-アミノドデカン酸に決めたところである。研究者の感で決めたのであるがそれでは論文になりづらい。そこで論理的に導き出したように実験を構築した。つまりモンモリロナイトの層間にω-アミノ酸【H3N+(CH2)n-1COOH】でイオン交換する際の炭素数nの最適化から始めた。
nが1のグリシンから始まり市販されているアミノ酸で片っ端から処理し、それらのカプロラクタムでの膨潤挙動を調べた。
 それが論文1)である。それは見事に炭素数11以上で良く膨潤することが実験で示され、nが12のアミノ酸を使用する優位性を明確に示すことができた。
次に12-アミノドデカン酸でイオン交換したモンモリロナイトを使用してカプロラクタムとの重合反応の論文である。これは粘土の量を5%から70%まで様々の含量でナイロン6を合成し、その分子量や層間距離を求めたものである。材料の名前を決めようというときは上司の意見を尊重し、ナイロン6クレイハイブリッドとした。
ハイブリッドは有機と無機を合体させ、想像以上の性能を出しているということからのネーミングである。
 これは論文2)にまとめ、これが私の作成したものの中では最も引用件数の多いものとなった。今から思うとクルマのハイブリッド車よりも早くこの名前を使用していたことになる。
最後は粘土の含量を2-8%にして材料を合成し、射出成形により試験片を大量に作製し引張試験や曲げ試験などを行なった結果をまとめたものである。少量添加により飛躍的な性能向上が認められていることを記述した。
 これが論文3)である。この3編を連続で出そうということを決めて編集者と交渉してその通りになった。高分子の専門誌でも良かったが、私としては高分子と言うよりは材料だったのでマテリアル系の雑誌に投稿した。

Arimitsu Usuki, Masaya Kawasumi, Yoshitsugu Kojima, Akane Okada, Toshio Kurauchi and Osami Kamigaito,
Journal of Materials Research, 8, 1174-1178 (1993).
Swelling behavior of montmorillonite cation exchanged for ω-amino acids by ∊-caprolactam

2)Arimitsu Usuki, Yoshitsugu Kojima, Masaya Kawasumi, Akane Okada,
Yoshiaki Fukushima, Toshio Kurauchi and Osami Kamigaito
Journal of Materials Research, 8, 1179–1184 (1993).
Synthesis of nylon 6-clay hybrid

3)Yoshitsugu Kojima, Arimitsu Usuki, Masaya Kawasumi, Akane Okada, Yoshiaki Fukushima, Toshio Kurauchi and Osami Kamigaito
Journal of Materials Research, 8, 1185-1189 (1993).
Mechanical properties of nylon 6-clay hybrid

Author: xs498889

2 thoughts on “20240523. 3、ナノコンポジットの論文・・・引用数が多い論文

  1. ナノ構造ポリマーの元になった研究と論文がこんなふうに実現したのでしたか? 
    有機合成をやっている人に粘土との出会いとは、面白い出会いですね。

  2. 古代アンモナイトの匂いがヒントになったと言うのは素晴らしいですね。

コメントを残す