ナイロン6でナノコンポジット材料の実用化に成功したので、次は他のポリマーでもきっと同様にできるだろうという話になる。他のポリアミド、ポリオレフィン、アクリル樹脂、ポリエステル、ポリイミド、ゴムなど考えられる材料に適用しようとした。ナイロン6クレイハイブリッドは略してNCHプロジェクトとして進められたが、企業では同じ名称では予算がとりにくいので、これはUCHプロジェクトと名付けた。有機高分子(U)クレイ(C)ハイブリッド(H)であるが、(メンバーには言ってないが)私の心の中では臼杵(U)クレイハイブリッドと勝手に思っていた。多くの研究者の力と技をお借りして横展開を図ることができた。
まずはナイロン66への適用を図るべくナイロン6と同様な手法で重合を行った。ナイロン66の合成はナイロン6と比べると少し複雑である。アジピン酸(A)とヘキサメチレンジアミン(H)を1:1で混ぜて脱水重縮合を行う。簡単なようだがこれが意外と高度な技術が必要である。完全にAとHが1:1の等モルで混合しないと高分子量のナイロン66が合成できない。専門家にお聞きしたところ最初にモノマーを1:1で塩を合成(これをAH塩と呼ぶ)し、それを単離した後で脱水重縮合を行なえば良いということを教えていただいた。早速その手法にて有機化したクレイとAH塩を共に混合して重合を繰り返した。
しかしながらクレイの有機化剤の種類を何十種類も変えて来る日も来る日も重合したが、まったくクレイが均一に分散することが無く性能が出なかった。X線回折スペクトルやTEMの結果からはすべての材料でクレイの層間が閉じていた(分散していない)。あとで解ったのだが、AH塩と混合した際にクレイの層間がヘキサメチレンジアミンの2価アンモニウムイオンにより閉じてしまう現象が起きていた。これによりナイロン66の重合による分散方法は諦めざるを得なかった。しかし後になってからポリマーと有機化クレイを直接混練する手法によりナイロン66クレイナノコンポジットは出来上がったが、この材料に関しては特許はあるが論文にはできていない。
次に取り組んだのはポリイミドである。これも単純な発想でポリアミドができるならポリイミドもできるだろうということである。ポリイミドはジメチルアセトアミド(DMAC)溶媒中で4,4′-ジアミノジフェニルエーテルと1,2,3,4-ベンゼンテトラカルボン酸二無水物からポリアミド酸を合成し、その後に300℃で加熱してイミド閉環というプロセスで合成する。簡単そうであるがこれもモノマーをきちんと精製(蒸留、昇華など)して、1:1のモル比で混合しないと高分子量のものが得られない。またポリイミドにしてしまうと溶融や溶解ができなくなるので、ポリアミド酸の状態でフィルムを作製した後に加熱処理をしてポリイミドにしてから評価を行った。
ポリイミドにクレイを分散させるためにはポリアミド酸のDMAC溶液の中で完全分散できるクレイの有機化剤を見つければ良いだろうということは類推できたので、手持ちの有機化クレイをDMACに添加して均一になる系を見つけることにした。その実験で見つかった有機化剤はドデシルアミンのアンモニウム塩であった。ナイロン6で用いた12-アミノドデカン酸では上手くいかないが、奇しくも炭素数は12の直鎖状アミンであった。この有機化されたクレイを使用すると、DMACの中に溶解するように均一な透明液体(実際はクレイは溶解しないので分散している)になる。
これをポリアミド酸のDMAC溶液に混合し、DMACを蒸発させればポリアミド酸クレイハイブリッドになり、この材料を300℃でイミド閉環することによりポリイミドクレイハイブリッドが出来上がった。これが論文1)2)である。これらの論文はポリイミドの合成に相当苦労したという想いから、合成・重合の論文が良く掲載されているPolymer系の雑誌に投稿した。比較的すんなりと掲載までこぎつけたと記憶している。
前回の話に書くべきだったが、モンモリロナイトは天然産の材料であるため、産地ごとで性能が異なるかどうかも調べる必要がある。日本産の材料にとどまらず、中国産、米国産、カナダ産など入手可能な材料を取り寄せ片っ端からナイロンを合成して性能評価を行った。このあたりの結果については相当な工数をかけたにも関わらずノウハウになるため論文にはできていない。これは会社の研究開発の現場では致し方ないことである。
1)K. Yano, A. Usuki, A. Okada, T. Kurauchi, O. Kamigaito
J. Polym. Sci., A: Polym. Chem., 31, 2493-2498 (1993).
Synthesis and Properties of Polyimide-Clay Hybrid
2)K. Yano, A. Usuki, A. Okada,
J. Polym. Sci., A: Polym. Chem., 35, 2289-2294 (1997).
Synthesis and properties of polyimide-clay hybrid films
臼杵先生:
メールありがとうございます。これは、クレー、モンモリロナイトを複合するときは、単なる充填剤としてではなく慎重にに扱わねばならないと言うことですね。
同じようなことが、ゴムの補強に使うカーボンブラックやシリカにも言えてナノ物質の表面機能化や表面処理が実は大事なのですが、表には出てきません。
対応するゴム分子の方も同じです。ナノ粒子の粒子径や凝集構造だけでは駄目です。
モンモリロナイトを高分子材料に応用した例では、2005~2008年にかけて論文博士号を審査した華南理工大学のYou Changjiang (当時材料研究所長)が面白かったです。
彼は、文化大革命のために博士号を中国で取れなかったので論文博士制度がある、日本で博士号を取りたいと2005年に横浜で開催した国際ゴム技術会議(IRC2005 横浜)の際
IRC2005の組織委員長であった私に言ってきました。いろいろ事情を聴いたり、実際に華南理工大学の彼の研究所視察までして協力することにしました。
彼は、論文や特許だけでなく実際にモンモリロナイト補強した熱硬化性プラスチックで自動車ボデーまで作っていました。特に錆びやすい農業用や工事用の車体に良いそうです。
電気自動車にも軽量・強靱なので向いていると言っていました。私が、「モンモリロナイトは高価なのではないか?」と言ったところ、彼は、「中国のある地域では、
山のように取れて、1トンで2~3万円位かな。」との事でビックリ仰天しました。確かに用途によっては安い物でもOKのようです。我々は、神経質すぎるのかも知れません。
博士論文審査では、いろいろ意見が出て何回も修正してもらったのですが、最終的には、基礎研究だけではなく「実際に自動車ボデーまで試作出来た。」
ので「工学博士」としてOKと言う事になりました。結局、2008年に彼は、東工大から博士号を取りました。授与式ではガウンを着て伊賀学長(面発光半導体レーザーの
開発者)から学位記を受け取りました。彼の奥さんまで来日し、学長と一緒に写真を撮り、とても幸せそうでした。私も前例のない海外からの論文博士審査の主査を務め
良い経験をしたと思っています。
中国には今電気自動車を作る企業が乱立し、競争激化で淘汰が始まっているようですが、その後彼の成果はどうなったか知りません。今の状況では、下手に探りを入れると
危ない感じです。
西 敏夫
西先生
有益なコメントをいつも有難うございます。
クレイナノコンポジットは中国からの論文がとても多かったと記憶しています。しかしながら結構ひどい論文が多くて、単に市販のクレイを混練して物性を測定しただけというものが氾濫していました。
きちんと「ナノ」であるという効果を実証することが重要だと感じていたのですが、ナノコンポジットと言う名前だけで商売をしている例が多くありました。
そのような材料が市場に出回ると、ナノコンポジットはそれほど優れたものではないという悪評が立ってしまい苦労をしました。
無機フィラーを樹脂に添加すればほとんどの場合、室温での剛性は向上しますが、ナノクレイの場合はホントに少量添加(5%以内、だから低比重)で剛性が向上し、ガスバリア性、寸法安定性、熱変形温度(高温での弾性率向上)が上がることが分かっています。
我々が色々なクレイを評価した結果では実は中国産のモンモリロナイトはあまり補強性は良くない結果でした。安価ではあるのですが、どうも結晶性が十分ではないような感じでした。
日本産とアメリカ・ワイオミング州産が良かったです。
特に日本産は品質も良くて不純物が少なく、フィルム状に成形した際にゲル状の塊が無く均一なものが得られるためそれを使用しました。
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臼杵有光
usukifam20@gmail.com
090-9917-0541
臼杵先生:
貴重な情報、ありがとうございます。元祖からのご意見は素晴らしいです。
確かに中国の研究は荒っぽいのですが「兎に角やってみよう。」と言う
勢いには負けます。その中から良い物も出てくるのでしょう。彼らは「走りながら考える。」ですが日本は、「走る前に良く考える。」です。しばしば「石橋を叩いて渡るのではなくて、石橋を叩いて壊す。」です。 そう言えば、北京化工大の張立軍教授グループ(先進弾性材料研究センター(CAEM))がクレイナノコンポジットでチューブレスタイヤを試作して良好な結果を出していました。彼らは、修士論文でも基礎実験だけではなくて実際にタイヤにして性能をチェックしていました。勿論協力企業がいて産学協同研究をしていました。
西 敏夫