20240701. 7.ナノコンポジットの論文・・・学位論文の作成

 会社に入社して15年経った40歳を迎えようとする年にある事件が起きた。正月早々の出勤日にいきなり役員室に呼び出された。新年の挨拶もそこそこに「君は今年40歳になるね。」と。ハイと返事した後、「40歳までに学位を取得するように。」と「7分の2を使いなさい。」との言葉。つまり今年中に一週間(7)の内の土日(2)を使って学位論文を仕上げなさいという事である。まだ論文としては7報しかないので今年中に3報以上を提出してそれを学位論文に仕上げないといけない(社内の内規で10報が必要だった。現在は無いみたい。)。目の前が真っ暗になると同時に、これは社内で毎年5報程度書いていた業務報告書を対外的に論文として外へ発表できるチャンスだと考えなおした。そこで学位論文は私の出身大学である名古屋大学でお世話になった江口昇次助教授が教授になられていたので上司同伴でお願いに行き了解を得ることができた。副査として高分子合成関係の岡本佳男先生と粘土などに詳しい無機物関係の泉有亮先生という異例の組み合わせで見ていただけることになった。
 学位論文は日本語で書くことができるので、今年中に出す論文は日本語にしてそれを速やかに学位論文に転記できるようにした。当時は高分子学会において雑誌「高分子論文集」という和雑誌を出版していたのでそこに3報提出することを目指した。それが論文1)2)3)である。余談であるが高分子論文集は1944年創刊でアメリカ化学会のMacromolecules(1968年創刊)よりも歴史はある。しかしながら投稿数が減少したため残念ながら2019年7月の発行で休刊となってしまった。
 まず論文1)であるがこれは当時会社に導入した熱分解ガスクロによるマススペクトルを測定した結果をまとめたものである。ナイロン6-クレイハイブリッドの合成の際にクレイを12-アミノドデカン酸(12-ADA)で処理しているという話を前に書いたが、実はその12ADAがナイロン6の末端にあるのかどうかを調べたとてもマニアックな論文である。末端ではなくナイロン6の途中に組み込まれているという事が分かったという結果である。これは逆に日本語で書いて良かったと考えている。その分野の権威である名古屋大学の柘植先生から後日サンプル提供のご依頼を受け、共同でしっかり解析できることに繋がった。この結果は後で論文4)として報告した。
 次の論文2)はナイロン66を合成している時に見つけたヘキサメチレンジアミンの2価のアンモニウム塩でクレイの層間が閉じてしまうことを逆手にとって、ナイロン6の合成の際にクレイと当モル、1/2モル、1/4モルなど少量を添加しクレイの層間をわざと閉じさせた材料を合成したものである。その結果、剛性は従来と同じであるが、耐衝撃性が向上した材料ができたという結果である。
 論文3)はナイロンから離れ、塗料のグループと一緒に行った実験の結果である。アクリルモノマーと水性のアクリルモノマーを共重合する際にクレイを末端にアンモニウム塩を持つアクリル系のモノマーで処理したものを添加して、水性塗料のモデルを合成した。塗料としては加工時のせん断速度により、溶液の粘性が異なるチクソトロピー性が要求されるがそれをクレイにより制御したものである。クレイ添加により塗料のガスバリア性などは飛躍的に向上したが、残念ながら(これは論文には記載していないが)チクソトロピー性発現の時間応答性が低く、塗料としては不十分であったという結果である。いずれにしてもこのような社内の技術情報を対外的に発表させていただいたことに対して会社に対してはとても感謝している。
 無事に年内に論文掲載は終了し、やっと1996年には大学に学位論文を提出することができた。当時は論文提出以外に専門分野(有機合成)の試験と外国語の試験があると通告され、そこから毎朝早起きして猛勉強した。先生から学生時代に使用した有機合成の英語の専門書をもう一度勉強することを言われこれは何とかなった。外国語(英語とドイツ語)は論文を2報渡されて確か90分でわら半紙に日本語訳を書くものであった。ドイツ語は辞書が持ち込み可だったのでこれも何とかクリアできた。その結果やっと1997年1月に学位が授与された際はホッとしたものである。学位授与式では課程博士の方は居なかったので、工学部長から「次は皆さんの周りで少なくとも2人には博士号を取得するようにご指導ください」と言われた。振り返ればその後会社のメンバーの5人は論文博士を取得することができて、当時のお言葉を実行できたと思っている。そのご褒美として会社から費用を負担するので好きなものを購入して良いと言われ、高級なアタッシュケース(¥50,000)を買い、出張などの際に持ち歩いた。今ではあまりに重くて腕が疲れてしまうため残念ながら使用していない。

1)臼杵有光,川角昌弥,小島由継,岡田茜,倉内紀雄,上垣外修己,小川忠男,荒賀年美
高分子論文集, 52(5), 299-304 (1995).
ナイロン6-粘土ハイブリッドの分子構造

2)臼杵有光,川角昌弥,小島由継,岡田茜,倉内紀雄
高分子論文集, 52(7), 440-444 (1995).
ジアミン変性ナイロン6-粘土ハイブリッドの合成と物性

3)臼杵有光,岡本一夫,岡田茜,倉内紀夫
高分子論文集, 52(11), 727-733 (1995).
アクリル樹脂-粘土ハイブリッドの合成と特性

4)Sato H, Ohtani H, Harada R, Tsuge Shin, Kato M., Usuki A.
POLYMER JOURNAL 38 (2): 171-177 (2006)
Polymer/silicate interaction in nylon 6-clay hybrid studied by temperature programmed pyrolysis techniques 

Author: xs498889

1 thought on “20240701. 7.ナノコンポジットの論文・・・学位論文の作成

  1. 臼杵先生:
    メール拝見しています。企業に勤めて論文博士を取るのは大変ですね。私もブリヂストンにいるときに会社の
    仕事で論文博士を取りました。主な論文は1970年代日本ゴム協会誌に発表した論文シリーズです。
    当時は、博士号取得に企業はあまり理解がなく、論文は勤務時間外(主に自宅)、論文印刷は自費(当時で約10万円)など
    で殆どメリットはありませんでした。しかし、1972~1975年にベル研究所に派遣された時は博士号があったお陰で
    一人前の研究者として扱われ大いに助かりました。
    今の大学は論文博士制度に代わって社会人ドクター制度が盛んなようです。国際的には、研究者で博士号が無いと通用しません。
    余談ですが、東大に居たときの初めての西研コースドクター取得者は、平井さんで、今はAGC社長として活躍しています。
    臼杵先生のこういう話は、企業の若手の研究者にとても参考になると思います。
    西 敏夫

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