20240708. 8.ナノコンポジットの論文・・・企業との共同研究

 (株)豊田中央研究所で仕事をするうえで、株主であるトヨタ自動車、豊田自動織機、デンソーなどトヨタグループ各社からニーズを受けることはとても重要かつ貴重な事案である。1990年代半ばからポリマークレイナノコンポジットに関して、高分子を扱っている材料系の部署から様々な依頼(受託研究と呼んでました)を受けることが多くなってきた。自らのテーマとして進めた研究(自発研究と呼んでました)から受託研究に進む例が研究としては好ましいと思い積極的に受けることとした。中には豊田中研に人を派遣するから一緒に開発を進めたいという話もあって活気にあふれた時代であった。様々な成果をあげることができたが、その中から3件の事例を論文と共に紹介したい。
 1件目はトヨタ自動車との研究成果である。しかしながら論文にする際には、トヨタの考えていることをオープンにしたくないという事で豊田中研単独での発表となった。それが論文1)である。エチレン-プロピレンラバー(EPR)はポリオレフィン系のゴムであり、内装材として用いられている。日本では問題が無いが、海外では内装材がオイルにより膨潤して稀にシワができクレームがあるという事である。その原因として日焼け防止のために手などに塗るサンオイルに起因することが分かった。そのオイルがEPR中に浸み込まないようにするためにクレイをナノ分散してほしいという事である。これはポリプロピレンクレイナノコンポジットで構築した技術の延長線上でできると思い、市販の無水マレイン酸変性のEPRを使用してEPR中にクレイをナノ分散させることに成功した。これでオイルの吸収量が飛躍的に減少し、かつ膨潤してシワができることも抑制できた。これが論文1)の内容である。
 2件目は豊田自動織機との研究成果である。フェノール樹脂を使用しているが、その摩耗を減少させるためにクレイナノコンポジット化することによりそれを抑制したいというニーズである。熱硬化樹脂としては今までエポキシ樹脂しか取り組んでいなかったので、新規に検討を開始することにした。既に極性のあるポリマーは有機化クレイと混練することによりクレイの層間にインターカレーションすることが分かっていたので材料を入手し実験を行った。クレイの有機化剤を最適化することによってナノコンポジットを得ることができた。予想通り、得られたフェノール樹脂クレイナノコンポジット材料は剛性だけではなく耐熱性が飛躍的に向上した。樹脂の摩耗はその摩擦熱によって削られることなので、摩耗量を大幅に減少させることに成功した。これが論文2)である。
 3件目はデンソーとの研究成果である。デンソーからはエアコンホースの素材であるブチルゴム(IIR)のガスバリア性を更に向上させるためにクレイをナノ分散させてほしいというニーズをいただいた。この材料もポリオレフィン系のゴムであるため無水マレイン酸変性のポリプロピレンやEPRを用いてIIRとの混練を実施したが、これは意に反してうまく相容しなくてクレイの分散も良くなかった。仕方なくIIRを自分たちで変性しようという事で、トルエン中で過酸化物と無水マレイン酸を混ぜて還流することにより無水マレイン酸変性IIRを合成した。それを有機化クレイとIIRと一緒に混練することでやっとIIRクレイナノコンポジットの合成に成功した。予想通り剛性とガスバリア性が飛躍的に向上した。これが論文3)である。デンソーはとても気に入ってくれて、ある年には大学を卒業してデンソーに入社したばかりの新入社員を派遣してくれた。とてもまじめな方で豊田中研の寮に住みながら毎日こつこつと実験を繰り返してくれた。デンソーに戻る際に振り返ってみると実に3年ぐらい一緒に研究生活を共にし、私が新入社員教育をしたことにもなりとても喜ばれた。彼は様々なポリマーにクレイを混練することを徹底的に行い、慣れてくるとアロイ系の材料にも適用しようとした。興味深いのはABSにクレイを添加した系である。ABSはASとBのアロイであり、ASマトリックスの中にBの島が浮かんでいるような高次構造をしている。ASとBのどちらにクレイが入っていくのか試してみた。その結果どちらのポリマー相にも入らず、何とその両者の界面付近に分散したのである。多成分系の中に添加されている相容化剤の影響によってその付近に点在したものと考えている。これはTEM写真がとても面白いのと彼自身が初めて論文を書くというので高分子論文集に投稿した。それが論文4)である。余談であるが共著者の一人である若林さんは後にデンソーの副社長になられた方である。
 このように大きな技術発展をしたが、2000年からトヨタ自動車で始まったCCC21(Construction of Cost Competitiveness 21 Century)活動により原価低減が要求された時代であり、様々な要因があるが主にコストの点で実用化にまでは至っていないのは残念である。当時は棚上げと言われ、引出しの中にしまっておくのでいつでも引き出せるようにしておこうと考えることにした。

1)Naoki Hasegawa, Hirotaka Okamoto, Arimitsu Usuki
J. Appl. Polym. Sci., 93, 758-764 (2004).
Preparation and Properties of Ethylene Propylene Rubber(EPR)-Clay Nanocomposites Based on Maleic Anhydride-Modified EPR and Organophilic Clay

2)Makoto Kato, Azusa Tsukigase, Arimitsu Usuki, Toshihisa Shimo, Hidemi Yazawa
J. Appl. Polym. Sci., 99, 3236-3240 (2006).
Preparation and thermal properties of resole-type phenol resin-clay nanocomposites

3)Makoto Kato, Azusa Tsukigase, Hiromitsu Tanaka, Arimitsu Usuki, Isamu Inai
Journal of Polymer Science: Part A: Polymer Chemistry, 44, 1182–1188 (2006).
Preparation and Properties of Isobutylene–Isoprene Rubber–Clay Nanocomposites

4)白井純二, 加藤誠, 稲井勇, 若林宏之, 岡本浩孝, 長谷川直樹, 臼杵有光
高分子論文集, 65, 433-439 (2008).
アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂クレイナノコンポジットの作製と特性

Author: xs498889

1 thought on “20240708. 8.ナノコンポジットの論文・・・企業との共同研究

  1. 臼杵先生:
    メール拝見しています。ナノコンポジットの応用がどのように展開していったか内実が分かります。
    若手の研究者にとても参考になると思います。
    西 敏夫

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