20240723. 10.ナノコンポジットの論文・・・偶然得られた成果

 ポリオレフィン系の材料でクレイナノコンポジットが製造できることが分かり、更なる発展を考えてポリエチレンとポリオレフィン系ゴム(EPDM)での検討を行った。ポリエチレンに関してはポリプロピレンとまったく同じ手法、つまり無水マレイン酸変性ポリエチレンを共存させることによりクレイのナノ分散に成功し、機械的特性も大幅に向上した。これは実験すればある程度の結果が出ると予想されたものであり、その結果をまとめることにより論文投稿まで進むことができた。かえって論文にするためには目的や課題を明確にする必要があり、そこが苦労した点である。

つまり混ぜたらできましたでは論文としてはつまらないものになってしまうため、混ぜ方などのプロセスを重視して作成している。そのためエンジニアリング系の雑誌に投稿し受理された。これが論文1)である。引用数は現在までに100程度であり新規性の観点ではポリプロピレンの論文(引用数:約2,000)には劣る。ちなみにナイロン6の論文は約3,000ぐらいである。

ところがEPDMの場合は少し様子が異なっていた。無水マレイン酸変性したゴムを使用すれば容易にクレイがナノ分散するのであるが、実は特許の実施例に対応する比較例を得るために実験した際に思いがけないことが起きた。本来比較例なのでうまくできない例(失敗例)を示すために行った実験である。しかしながら無水マレイン酸変性したEPDMをまったく使用していなくてもクレイのナノ分散ができてしまったのである。これは実験した際の何かの手違いかと考え、材料をすべて新しいものに変えてもう一度同じ実験を繰り返した。新品のEPDMを使用し有機化したクレイとゴムロールでまず混練してサンプルを試作しそのX線回折を測定した。

ここでは当然ながらクレイはまったくナノ分散していない。次にこのサンプルに加硫剤であるイオウと加硫促進剤を混練し、ホットプレスにより成形(加硫)して板状のサンプルを試作しそのX線回折を測定した。すると思いがけず、このサンプルではクレイがナノ分散していたのである。面白いので加硫促進剤を各種用いて同様な試作を行ったところ、ジスルフィド結合を分子内に持つ加硫促進剤(専門家が多いと思うので記号で書くとTSとPZはうまく分散、うまくいかないのはNPV/C、M、CZ)を使用した場合に限ってはクレイが分散することが明らかとなった。考えてみれば加硫とはEPDMの二重結合にイオウが結合して進行するものなので、イオウが結合した際にEPDMの極性が変化したことによりクレイとの相互作用が発現し層間にインターカレーションしたものだという事で理解できた。

ゴムの加硫の際の極性の変化によりクレイのナノ分散ができるというこの現象は、今までに見つけていないものだったのですぐに論文投稿した。変性したゴムを使用しなくてもポリオレフィン系のクレイナノコンポジットができた例は今のところこのEPDMだけである。それが論文2)である。偶然得られた結果に対して失敗だとは思わないでしつこく実験を行ったことにより真実が見えてきた例であり、私にとっては研究の心得を思い出すような論文である。しかしながら、あまりにマニアックすぎて引用数はせいぜい400ぐらいで決して多くはない(少なくもないが)。

1)M. Kato, H. Okamoto, N. Hasegawa, A. Tsukigase, and A. Usuki
Polymer Engineering and Science, 43(6), 1312-1316 (2003).
Preparation and Properties of Polyethylene-Clay Hybrids

2)A. Usuki, A. Tukigase, M. Kato
Polymer, 43, 2185-2189 (2002).
Preparation and properties of EPDM-clay hybrids

Author: xs498889

2 thoughts on “20240723. 10.ナノコンポジットの論文・・・偶然得られた成果

  1. 臼杵さんのこれらのナノコンポジットの開発経緯をたどると、1987年頃には研究を実施されており、
    私がPPやPEの改質を検討した1971-5年と僅か15年位しか違わない。 その当時pp(三菱油化)のBC-8はblock copolymerの高品質を謳っており、物性検討も主に、クリープや環境応力破壊(ESC)でした。色々訳のわからない現象があり、面白いと思う反面、有機合成を卒論以来やってきた小生にとっては固体物理の手法をはじめとして、分析機器の手法が分からず、物性屋の方々に教えを乞う日常でした。 特にゴムについては取り扱いがPPとは違いロール練り等も、簡単にはさせてもらえず、苦労したことを覚えています。 私の所属がプラスチックス研究室でTS(加工屋さんへのservice)が主体の研究室であったので、じっくりより早く結果を出すことが求められていました。 今考えると勿体無い時代だった。 田代

  2. メール拝見しています。EPDMを加硫するときにクレイがナノ分散するというのは、面白い発見だと思います。
    ゴム屋としては、大発見になります。まあ、硫黄加硫でゴムが使い物になったというグッドイヤーの大発見も同じです。
    引用数がそれほど伸びないのは、ゴム屋の秘密主義によると思います。私がブリヂストンにいたときには、実際のゴム材料の配合表、
    混練り順序、混練り条件などは全て暗号化されていて担当者以外には㊙でした。勿論、論文発表する際の配合表はモデル配合で実際とは
    相当異なっていました。多分現在でも事情は変わっていないでしょう。まあ、これからは、AIが入ってきて問題解決に貢献するでしょう。
    こうなると多分中国が先行しそうに思えますが。
    西 敏夫

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