光機能材料として多くの材料を入手したり、自ら合成したりして少しずつ知見が得られてきた。しかしながら世の中の進歩のスピードに比べたら遅いと感じていた。そんな時に同僚の研究員がたまたま手元にあったクレイを液晶に混合すると言い出した。何が期待できるのか分からないままにまずはやってみようという事になった。困ったときの神(クレイ)頼みである。今までにクレイの有機化剤に関してはかなりの知見を得ているので簡単にできると考えたが、中々うまく液晶分子に良分散するクレイの処理方法は見つからなかった。そうなると向きになるのが研究者の性である。そこで考えたのが有機化したクレイをガラス基板にコートしてその上に液晶分子を一滴落とした際の接触角を測定し、濡れ性を観測すれば効率よく最適な有機化剤が見つかるだろうという予測である。実はこのようにして手持ちの数十種類の有機化クレイを試したが、接触角が0度近くになるものは見つけられなかった。普通ならここで諦めてしまうが、有機合成が得意な研究者だったので、それなら自分で合成してみようという事になり新規な有機化剤の探索が始まった。
分子としてはある程度長いスペーサー鎖を持つアルキル基の先に液晶分子(例えばシアノビフェニル基)を付けたものを設計した。これはピリジンのアンモニウム塩で有機化したクレイは必ずしもピリジンに良分散しなかったという経験則(同じ分子ではダメ)と、液晶分子にはスペーサーの役割を持つ動きやすい部分があるという理由からである。スペーサーの長さが各種異なる有機化剤を合成し、接触角を測定したところ最適な分子が見つかり、ネマチック液晶中にクレイが単位結晶層である1nmの板状結晶として良分散する液晶とクレイのナノコンポジットが合成できた。それをITO透明電極付きのセル中に注入し、交流電圧(60Hz)を印加したところ不透明状態から透明に瞬時に変化し、電圧をOFFにしてもその透明状態はメモリーされていた。通常のネマチック液晶は電圧をOFFにしたらまた元の不透明状態に戻るのであるが、クレイをナノメートルレベルで分散させたコンポジットは透明のままなのである。しかしながらこの透明状態の液晶クレイナノコンポジットセルのガラスをずらす(せん断力をかける)とまた不透明状態に戻る。これには皆驚いた。
液晶分子が電場方向に配向して透明状態になることは知られている。またクレイも電荷を持っているために電場方向に配向したのである。液晶分子は元の状態へ戻りたがるが、クレイのサイズが分子と比べると大きい(1nm×100nm)ためにクレイのシリケート層は配向したままであり、その結果クレイの表面に並んで配向していた液晶分子がそのままの状態でメモリーされたという事である。これは面白いという事ですぐ論文発表することになり提出したのが論文1)2)である。
ところが実際に液晶を使用している研究者にヒヤリングすると、メモリー性があるのは興味あるが実際に使用する場面ではメモリー性を解除するために一々せん断をかけると言うのは現実味が無いという事であった。それはその通りだと納得し液晶を更に調査してみると、二周波駆動液晶(TFALC :nematic two-frequency addressing liquid crystal)があることが分かった。これは電場の周波数によって配向したり、配向を解除したりできる液晶である。そこでTFALCに有機化処理したクレイを分散させて低周波(60Hz)ではメモリー性液晶、高周波(1.5KHz)ではその解除ができ不透明状態に戻る新規な液晶クレイナノコンポジットを作ることに成功した。これが論文3)4)である。
液晶の分野ではこのような無機のフィラーを混合することはあまり好まれなくて実用には至っていないが、我々としては光機能材料を研究していくうえでとても勉強になった研究であり思い出深いものである。
1)M. Kawasumi, A. Usuki, A. Okada, T. Kurauchi,
Mol. Cryst. Liq. Cryst. 281, 91-103 (1996).
Liquid Crystalline Composite Base on a Clay Mineral
2)M. Kawasumi, N. Hasegawa, A. Usuki, A. Okada,
Liquid Crystals, 21, 769-776 (1996).
Novel memory effect found in nematic liquid crystal / fine particle system
3)N. Hasegawa, M. Kawasumi, A. Usuki, A. Okada,
Liquid Crystals, 21, 765-766 (1996).
Reversible electro-optical switching of a memory type PDLC using two-frequency-addressing liquid crystals
4)M. Kawasumi, N. Hasegawa, A. Usuki, A. Okada,
Applied Clay Science, 15, 93-108 (1999).
Liquid crystal/clay mineral composites
臼杵先生:
とても参考になる裏話をありがとうございます。こういう分野は変化や進歩が早いので大変ですね。
実は私も以前、摩擦に関連して、超高性能HDD用の潤滑油のプロジェクトを立ち上げる事になり、
富士フィルムが平板液晶で平坦面に張り付く超低摩擦分子を開発して三菱総研がまとめ役になり産官学で進める寸前まで行きました。
ところが土壇場になって急に中止になりました。当時は面食らって怒りまくったのですが、今考えると
SSDが出始めて「もうHDDは、時代遅れ!」になると言うことでした。確かにSSDは動く部分が無いので
摩擦など関係ない事になります。全く違う技術が乱入してちゃぶ台をひっくり返してくれた訳です。
世の中広い目で見ていないとどんでん返しを食うという苦い経験になりました。
西 敏夫