20240908 14-2・・・TQM推進室(余談)

 先回のリサイクルプロジェクトの話ではゴムのリサイクルに取り組み実用化に貢献することができたことを書いた。書き終えた後でマネージメント上の重要なことを思い出したので余談としてまとめてみたい。

 私は豊田中研に入社以来、一途に研究部門に所属し研究者として実務をこなしてきたが、一時期研究から離れアドミ部門(研究の推進や管理をする部門、人事や知財も含まれる)に所属したことがある。それは1994年に上垣外修己所長(上垣外正己名古屋大学教授の父)が就任された際に所長直轄の部署として新設されたTQM推進室である。TQM(Total Quality Management)はTQC(Total Quality Control)を更に発展させた考え方で当時は研究部門に当てはめるのはどうかと言う意見もあった。つまり商品の品質を向上させ一定の範囲の中に定着させることが商品価値を上げることになるという考え方であるが、研究は更にその上を目指す取り組みも必要になるからうまく機能するのか?ということである。

そこで研究所特有のTQMの仕組みをつくりそれを実践しようとしたわけである。その先行部署として選ばれたのがリサイクルプロジェクトであり私はプロジェクトメンバーとして研究を進めると同時にTQM推進室兼務としてマネージメントも行うことになった。
 重要なことは業務の方針をしっかり立てて、それを会社のトップが適時診断し方向修正を実施していくことである。トップのリーダーシップが発揮されるところである。次にリーダーとメンバーの問題意識の共有、最後に全員参加による徹底した討論で知恵を結集するという流れである。今となっては当たり前のようだが、詳細は当時の室長が会社を退職した後で書籍1)にまとめられているのでそれが参考になる。この本は当時出版する際にここまで会社の内情を暴露してしまって良いのかと言う議論があったが、出版されているので許可されたのだろう。しかしながらTQMの考え方を研究所に持ち込み、試行錯誤しながら様々な研究を実行できたし私自身研究のマネージメントに対して理解が進んだと思う。

プロジェクト研究(応用研究)、探索研究、基礎研究、実用化研究など各フェーズでの研究のすみ分けができて各人が何を目標にして努力すべきかはっきりしてきたと思う。その成果として私が所属していた材料系の部署からは多くの素晴らしい成果がたくさん出ることになり、TQMの考え方を導入することにより活性化ができたのではないかと考えている。例えば2001年から2004年の4年間にNature、Scienceに5報もの論文が掲載されたのは素晴らしい。それが論文2)である。この成果はすべて実用化されているものである。私も散々トライはしたがそのレベルの論文を提出できてはいない。後輩に期待する限りである。

 前述の上垣外所長は元来セラミックスが専門だったが、常に他分野の情報収集に努められており相当な勉強家であった。所長時代に高分子学会の雑誌「高分子」に寄稿をお願いしたら快諾され以下のように述べられた。これは論文3)にあるが転記する。
「少し前までは想像もしなかった大きな変化が至る所で起きている。旧ソ連邦の崩壊、冷戦の終結、西側体制におけるバランスの移動、異常気象の出現、大規模な食糧難の発生,人口の急膨張、環境汚染の進行、情報関連施設の急展開などである。上記は目に見える変化であるが、見えないところで表裏一体に科学・技術の世界にも著しい変化が相伴って起きていると信じられる。(中略)“高分子”の世界も例外ではあり得ないであろう。折しも、本号では高分子物理・化学の世界で変化しつつある概念を取り上げ、特集すると言う。

上記の変化に呼応してのことであろうか。筆者はこれらの変化に関連して、高分子科学,高分子技術に強い関心と期待を抱くものの一人である。(中略)環境,資源との関連では、リサイクルしやすい高分子の全体像を早急に確立することが求められていると思っている。そのための骨子とすべき概念は何であろうか。“分別しやすい部品の生産”もその答の一つではあろうが、材料科学の立場からは、もっと別の所に答が求められねばならないと信じている。分子切断・再結合,あるいは分子的領域での分別工学、新しいブレンド技術などがその答として登場してくるのであろうか。(中略)“高分子”に新たな概念を付加し、解決しなければならない現実の問題は数多い。科学、技術、材料としての高分子に抱く期待は大きい。」
30年前にこのような記事を出されていることは今読み返しても心に響くし、当時から会社でも卓見した方針を明示されていたことを思い出す。

1)荒賀年美著 トヨタの「頭脳」が挑んだ最強のTQM 実業之日本社 (2002年10月初版)
2)・可視光応答光触媒
R. Asahiら, Science, Vol 293, Issue 5528, pp. 269-271 (2001).
Visible-Light Photocatalysis in Nitrogen-Doped Titanium Oxides
・結晶状の細孔壁を有するメソ多孔物質
Shinji Inagakiら, Nature, Vol. 416, pp. 304-307, (2002).
An ordered mesoporous organosilica hybrid material with a crystal-like wall structure
・超弾塑性型新チタン合金「ゴムメタル」
Takashi Saitoら, Science, Vol 300, Issue 5618, pp. 464-467 (2003).
Multifunctional Alloys Obtained via a Dislocation-Free Plastic Deformation Mechanism
・超高品質炭化珪素単結晶
Daisuke Nakamuraら, Nature, Vol. 430, pp. 1009-1012 (2004).
Ultrahigh-quality silicon carbide single crystals
・鉛を含まない圧電セラミックス
Yasuyoshi Saitoら, Nature, Vol. 432, pp. 84–87 (2004).
Lead-free piezoceramics
3)上垣外修己、高分子 43(6), 407 (1994).
素描 “高分子”に想う

Author: xs498889

1 thought on “20240908 14-2・・・TQM推進室(余談)

  1. メール拝見しています。TQCとかTQMは大事な事ですね。私がBSに入社した1967年は丁度デミング賞(TQC)受審を控えていて大騒ぎでした。なぜなら、1952年、1953年に受審して不合格で3度目の正直でしたから。特にPDCA、品質管理、ファイリングなど随分叩き込まれました。結局、1968年に受賞し、社是が「最高の品質で社会に貢献ーー石橋正二郎」となりました。
    この頃、東大工学部計数工学科の朝香鉄一教授がこの分野のBS顧問だったようで時々技術センターで講演されました。社長を始め幹部が勢揃いして拝聴し、神様扱いでした。私は、物理工学科で計数工学科とは、応用物理系で兄弟学科でしたので朝香教授の講義「統計数学」を聴講していました。物理工学科の教授の「固体物理学」や「量子力学」のガチガチの講義と違って「砕けて面白い講義でした。最後は「エイヤッと決めるもんだ!」が口癖でした。」まさか彼がBSで神様扱いとは思いも寄りませんでした。
    尚、デミング賞の受審では、私がいた中央研究所の部は、ほぼ満点を取りましたが、会社全体の評価をする際は、最高評価と最低評価の部署は受審から外すそうです。
    確かに品質管理では、2~3シグマ以内を見れば良くて、出来すぎても、出来なすぎても相手にしない訳です。BSは受賞したけれど、我々は貢献しなかったことにされ、
    皆でやけ酒を飲んだことを覚えています。最近は、TQCを進化させたTQMをやっているようです。
    ついでに付け加えると、1972~1975年と派遣されていたベル研究所は、1975年に創立50周年を記念して、「Mission Communications~The Story of Bell Laboratories」という
    200ページ程の本を出しました。著者は、長年副所長を務めていた、Prescot C. Mabon でベル研の業績や逸話だけで無く運営哲学まで触れていてとても参考になります。
    当時の所長は、William O. Baker (1915~2005)でしたが、専門は高分子材料、特に合成ゴムでした。彼は、1973~1979年と所長を務めていましたが、大統領の科学技術顧問を5代の大統領に渡って務めていたそうです。
    推測ですが、彼が現役で活躍していた頃は、化学系のマンハッタンプロジェクトに対応する「合成ゴムプロジェクト」が走っていた筈で大きな貢献をしたのでしょう。
    勿論、「合成ゴムプロジェクト」が発足した理由は、日本軍のマレーシア侵略でアメリカへの天然ゴム供給が滞った為です。
    ベル研は、その後親会社のAT&Tが独占禁止法で分割されベル研も分割され、紆余曲折を経て、今は、ノキアの子会社のようです。独占禁止法は注意しないといけませんね。
    BSの中央研究所は一度潰され、再興しましたが、数年前にまた潰されました。理由は知りませんが、豊田中研は頑張って欲しいと願っています。
    西 敏夫

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