20241011. 18.MOF・・・分子の貯蔵

朝晩やや涼しくなり過ごしやすくなってきました。
先日のノーベル賞受賞を見ているとAIが主流になってきており我々のような材料屋に関しては時代遅れのような印象を持ってしまいます。
でもそれらの積み重ね(成功や失敗)が無いと将来不具合など発生した際に戸惑ってしまうのではないかと危惧します。
化学賞は東大の藤田誠先生(今回の寄稿に登場します)に期待をしていたのですが残念です。
まだ60代で若い?ので将来に期待です。
17報では余談が多かったのですが18報から再度研究論文に話を戻します。藤田先生に影響を受けて始めたMOFの話です。

長年有機材料の研究開発を実施してきた中で、有機材料に求められている役割は何だろうということをメンバーと議論する機会があった。その結果、メンバー一同の想いは次の5つが過去から将来に向けても研究を行っていく項目だと結論付けられた。
1.力学・物理機能・・・変形(あるいは破壊)して機能を発現する、あるいはエネルギーを吸収する。
2.透過・分離・・・物質を通さない、あるいは選択的に物質を通す。
3.貯蔵・・・物質、エネルギーを材料中に貯める。
4.エネルギー変換・・・光、電場など外部刺激によりエネルギーを変換する(電気→光、光→電気など)。
5.五感への訴求・・・触感、色彩感など人間の五感に関係する。
1.は構造用高分子の開発で行っている。2.はフィルムにした際のガスバリア機能で実施した。4.は光機能材料で経験した。5.は塗料、色素を既に扱っている。しかしながら3.貯蔵材料は今まで実施していないのでそれをターゲットにして研究開発を行うことになった。これら以外には医療用材料、食用材料なども議論があったが、当時のトヨタでは人間が口にするものには手を出さないという不文律があったため、主に自動車に関連するものをターゲットにした。この作戦はあまり良くなかったかもしれない。研究所の役割としては新産業の創出も重要だったかもしれないと思う。
エネルギー貯蔵としては蓄電や免振などあるがまずは物質の貯蔵を考えた。そんな頃にトヨタグループにコンポン研究所(1996年発足、現トヨタコンポン研究所)が発足し、将来社会に向けて100年先までの研究調査を行う仕組みが作られた。そこではクラスター化学や自己組織化材料などが将来にわたって必要だろうという議論がされていた。ある時に東大の藤田誠先生がコンポン研に来られて講演会が開催され、有機分子と金属分子が自己組織的に組み上がり多孔材料が合成されることを報告された。話題としては知っていたが見事な分子構造であり細孔中に貯蔵が可能ではないかという事でこれを研究テーマとして実施することにした。
 世の中ではMOF(Metal-Organic Framework、有機金属構造)と呼ばれておりこれを自ら合成することとした。有機分子としてはポルフィリン、金属としては銅やジルコニウムを選んだ。実験を行うとMOFは反応によりすぐ生成するようであるが論文にするためには溶媒中で再結晶を何度も繰り返して単結晶を作り、X線回折によりその構造解析をきちんと行わないとまったく他の研究者と同じ土俵に上がれないことが分かった。一昔前は新規な有機化合物を合成できた際には、元素分析、赤外分光スペクトル(IR)、核磁気共鳴スペクトル(NMR)で構造を類推していた訳であるが今は全く異なるのである。そこで名古屋大学理学部の巽和行教授に共同研究を申込み、先生の研究室にある単結晶構造解析装置を自由に使用でき、かつ指導もしていただけるように研究環境を整えた。この装置は1台約一億円はする装置であり本当に有難かった。最初にやっと構造解析が済んだMOFを論文にできたものが、論文1)であり巽先生との連名である。2nmの細孔が規則的に並んだ分子であり、初めて見たときは感動した。
 次に何か孔の中に分子を貯蔵してみようという事でサイズとして近いフラーレンC60を入れてみようとチャレンジした。合成溶媒中に共存させておいて単結晶ができた段階でX線構造解析をするのであるが、まったく入った気配がなかった。諦めかけていた時、実験を行った研究員がC70が入ったかもしれないと言ってきた。まさかと思ったが実際に構造解析を行うと何とC70が入ったMOFができていたのである。C60とC70を両方共存させておくと面白いと思い実験を行うとやはりC70のみが選択的に入ることが分かった。結果を聞くとすごいし学術的にも意味があるのだが単結晶の単離とその構造解析に思いのほか時間がかかってしまい、論文投稿が遅れた。これが論文2)である。この成果は表紙に図を掲載してくれるという事になった。
色々と実験を繰り返す中で律速になるのは単結晶の作製とX線構造解析であり、机の上には単結晶を作るための再結晶用のフラスコがずらーと並び、毎日結晶の有無を確認するようなややつまらない研究になってきた。そこでMOFを吸着材料として使うためにはもっと簡便に合成しなくてはダメだと考え、溶媒中でどんどん反応が進み単結晶が大量に製造できる手法を考えるようになった。それを可能にしたのが当時アメリカの大学でPhDを取得しポスドクで入ってきた若手研究員(茂木啓史さん)である。還流溶媒中でMOFの合成を行う新規な系を考案してくれて今まで再結晶でしかできなかった結晶を反応中に作る方法を見つけてくれた。これが論文3)である。彼はポスドクの期間を終えた後、米国のコーニング本社に入社している。
 MOFを社会実装するにはまだ時間がかかるかもしれないが、新しい提案をすべく研究は今でも社内では継続しているようだ。一つは細孔の中で新規な有機反応を行うこと、もう一つは細孔にメタンや水素などのガスを吸着し、ガス吸蔵材料として使用することである。新規な有機反応は名古屋大学創薬科学研究科の山本芳彦教授との共同研究で実施した。それが論文4)である。ガス吸蔵に関してはその分野で著名な米国石油メジャーの企業様との共同研究で実施した。なかなか企業からの発表の許可が下りなくて苦労したが、やっと2024年におりて発表することができた。これが論文5)である。

1)Tetsushi Ohmura, Arimitsu Usuki, Kenzo Fukumori, Takashi Ohta, Mikinao Ito, Kazuyuki Tatsumi,
Inorg. Chem., 45(20), 7988–7990 (2006).
New Porphyrin-Based Metal−Organic Framework with High Porosity:  2-D Infinite 22.2-Å Square-Grid Coordination Network
2)Tetsushi Ohmura, Arimitsu Usuki, Yusuke Mukae, Hirofumi Motegi, Shuji Kajiya, Masami Yamamoto, Shunsuke Senda, Tsuyoshi Matsumoto, Kazuyuki Tatsumi,
Chemistry an Asian Journal, 11(5), 700-704 (2016)
Supramolecular Porphyrin-Based Metal–Organic Frameworks with Fullerenes: Crystal Structures and Preferential Intercalation of C70
3)Hirofumi Motegi, Kazuhisa Yano, Norihiko Setoyama, Yoriko Matsuoka, Tetsushi Ohmura, Arimitsu Usuki,
Journal of Porous Materials, 24, 1327–1333 (2017).
A facile synthesis of UiO-66 systems and their hydrothermal stability
4)Tsukasa Murayama, Masayuki Asano, Tetsushi Ohmura, Arimitsu Usuki, Takeshi Yasui, Yoshihiko Yamamoto,
Bull. Chem. Soc. Jpn., 91, 383-390 (2018).
Combined Experimental and Computational Study on Catalytic Cyclocoupling of Epxides and CO2 Using Porphyrin-Based Cu(II) Metal-Organic Frameworks with 2D Coordination Networks
5)Tetsushi Ohmura, Yoichi Hosokawa, Hirofumi Motegi, Yusuke Mukae, Shunsuke Senda, Tsuyoshi Matsumoto, Kazuyuki Tatsumi, Akira Shichi, Hiroshi Nakamura, Arimitsu Usuki,
Chemistry Letters, 53(5), upae091, (May 2024).
https://doi.org/10.1093/chemle/upae091
Zirconium-based metal-organic framework with bis(hydroxyphenyl)anthracene derivative: molecular design, synthesis, crystal structures, and methane adsorption

asia.201600175(Ohmura)

Author: xs498889

1 thought on “20241011. 18.MOF・・・分子の貯蔵

  1. メール拝見しています。今年のノーベル賞は、物理も化学もAIだらけでしたね。今までに無かった分野が評価されたのだと思います。
    確かにAIはこれから益々重要になってゆくでしょう。受賞者が言うようにある意味で「人類が初めて自分より賢い物を作ってしまった。」
    ので悪用されると大変です。
    MOFは、とても面白くて実用化されるのを期待しています。表紙が傑作ですね。日本ではこのようなユーモアが通じないのが残念です。
    エネルギー貯蔵に関しては、昔ブリヂストンがポリアニリン電池を開発した事があります。これでボタン電池(確か3V)が出来、それを組み込んだテスター
    等がありました。しかし、大量生産には向いていなくて事業化は断念したと聞いています。小型電池の生産は、まるで機関銃を撃つような早さで作らねばならず、
    電解重合など遅すぎて太刀打ち出来なかったと聞いています。
    貯蔵という意味では、東大の伊藤耕三先生の8の字架橋も同じです。シクロデキストリンのリングに高分子鎖が自動的に入ってしまうからです。
    このきっかけは、以前中国で開催された国際会議に私が行く予定でしたが、急な用事が出来て代わりに伊藤先生に出張して頂き、その機内で伊藤先生が偶然、阪大の原田先生と
    隣り合わせになり、お互いに話している中で、閃いたと聞いています。原田先生のシクロデキストリンとポリマーが数珠を自動的に形成するという現象です。
    世の中、チャンスやヒントは何処に転がっているか分かりませんね。
    西 敏夫

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