20241019. 19.ポリ乳酸の遅延回復・・・これも偶然の発見から

 ポリ乳酸を自動車用部品に使用することができ最初の難関は突破できたがその後はなかなか部品展開が進んでいかなかった。それはポリ乳酸の比重が大きい(結晶でも非晶でも約1.25)こと、結晶化速度が遅く金型を120℃程度まで昇温する必要があったこと、更に剛性は高いが衝撃強度が小さいことがあげられる。そこで衝撃強度の改善のため様々な樹脂やエラストマー、柔軟剤、添加剤などとの複合化を試みた。

 天然ゴムは植物由来のゴムであるため、我々としてはポリ乳酸/天然ゴム/相容化剤(エポキシ変性天然ゴム)が衝撃改良には効果のあるアロイだという実験結果を持っていた。それ以外の複合化も数えきれないほど実験を行っていた。ある時低分子量の桂皮酸ベンジルエステル(リグニンの基本骨格を持つ低分子化合物)をコンパウンドして比較的柔らかめのポリ乳酸複合材料を作製し引張試験を若い技術者に委託した。

翌日には結果が出ているはずであるがなかなか報告に来ないのである。気になって結果を聞きに行くと、「引張試験を行ったのですが、今朝試験片を見たら元に戻っていました。」と言う。私は驚いて「嘘を言ってはいけない(怒り)!やってないなら正直に言ってください。」と言い返した。しかし担当者は「確かに試験は行い良く伸びたのですが・・・。」と。ではもう一回引っ張ってくださいという事で翌朝聞いてみると、また元に戻ってしまいました、と言われこれは尋常ではないと悟った。私自身は管理職になっており自分で実験することが儘ならなかったが、どうしても実験を目の前で見たくて時間調整をしていただいた。またこの現象が事実ならそれを写真などで記録することも必要だと考えてカメラを用意し朝から実験を開始した。すると試験片は確かによく伸びていくが、100%伸びた時点で試験片を取り外し観察するとすぐには縮んでこないが一時間もすると明らかな寸法変化が認められた。時間ごとに写真を撮影し、試験片の長さを計測しその日は実験を終了した。翌朝(24時間後)に試験片を観察すると完全に元の形に戻っていた。担当者のいう事は本当であった(喜び)!

 実際は見つけてくれたのは実験を指示書通りに実施するために採用された非正規の派遣社員の方であった。これは重大な発見だと考え共著者にすると同時に以前からの功績も考慮して会社の正社員として採用されている。その後はプラスチック成形技能士の資格を取得され会社として必要不可欠な技術者になっている。
 面白い現象を見つけてくれたと思い、ポリ乳酸と桂皮酸ベンジルエステル(BC)  の組成を色々と変えて試作を繰り返し、この現象がある組成の時(PLAが80でBCが20)に完全に元に戻ること、再現性があること、曲げ試験でも同様に起こることを確認し論文投稿した。これが論文1)である。形状記憶材料が話題でもあったので、遅延形状回復とでも言うべき現象という事で報告した。これは編集者から興味を持たれ、表紙にその写真が採用されることになった。初めての経験であり、雑誌を見たときにはとても嬉しかった覚えがある。
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 前に述べた年末に実施していた「有光賞」の表彰式の際にこの現象を社内の研究者に話したことがある。その時は人間の一日に例えて、会社で伸びきって疲労困憊して家に帰り夜にしっかりと休養してまた元の元気な初期の姿に戻って出社し実験をやろう!などと冗談を言って場を和ませたことがあった。何かとても人間臭い?材料に想ったからである。

 実際に何かに使ったことはないが、例えばバンパー素材として使用した際には衝撃で変形しても翌朝には元に戻っていることが考えられる。色々と各社に説明には回ったが、自動車関連ではあまり興味を持たれなかった。一つの理由は低分子の添加剤を混合しているとブリードアウトと言って内部から表面に添加剤が染み出してくるかもしれないという懸念である。別の理由としては(これは重要であるが)自動車用の素材に関しては、今まで使用した実績のある素材が最初に候補に上がる傾向があるため難しいとのことである。それは過去の実績や信頼性に関して新素材は太刀打ちできないところである。では新素材が使われないのかと言うとそうでもない。構造材料に関しては新素材の開発者や生産者が使用していただく生産現場の設計、加工(金型、成形、表面処理、塗装など)、品質保証の担当者にアピールをして認めていただくことが必要であろう。

1)Hirotaka Okamoto, Yoshihide Katagiri, Mitsuru Nakano, Arimitsu Usuki,
J. Appl. Polym. Sci., 131, 41004 (2014).
A slow shape-recovery polymer based on polylactic acid

Author: xs498889

1 thought on “20241019. 19.ポリ乳酸の遅延回復・・・これも偶然の発見から

  1. メール拝見しています。とても面白い現象ですね。直ぐコメントをさせて頂こうと思っていたのですが、10月20日から25日まで奈良コンベンションセンターで
    ISO/TC45(ゴム及びゴム製品)の第72回国際会議があり、夫妻で招待されていたので慌ただしく、コメントが遅くなってしまいました。
    ケイ皮酸ベンジルエステル(BC)は、当方馴染みがないですが、PLAに配合すると引っ張り試験をしても長時間で歪みが回復するようですね。論文を読んでないのでよく分かりませんが、
    厳密には、クリープとクリープ回復実験を荷重や温度を変えて行い詳しく解析するといろいろ分かるかと思います。また、この系のモルフォロジーも大事かと思います。
    エポキシ化天然ゴムは、普通の天然ゴムと違った物性を示すので面白いです。確か、マレーシアのゴム研究所が元祖と思います。これで靴底を作ると滑らないとか。
    以前、国際ゴム技術会議でマレーシアがマレーシア軍の軍靴に応用して、市街戦に有効という結果を発表し「そんな発表が許可されるのか?」とビックリした記憶があります。
    BCがブリードアウトする可能性がありますが、PLAとの相溶性と表面エネルギーの問題です。ゴム配合では、わざと表面エネルギーが低い物を配合してブリードアウトさせ
    材料本体を守る事もありますので用途次第と考えています。
    複合系は思いも寄らないことが起きるのが醍醐味だと思っています。
    西 敏夫

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