バイオプラスチックとしてポリ乳酸やイソソルバイド系ポリマーなどを扱ってきた。次のターゲットとして考えたことは自動車用に多用されるポリマーは半分がポリプロピレンであるのでその使用量を少しでも減らせないかという事である。一方でバイオ由来のポリマーとしてバイオエタノールから作られるバイオポリエチレンはブラジルのブラスケム社が量産し、それを豊田通商が代理店として輸入販売するなどの動きがあった。
私たちはポリ乳酸を自動車用に使用しその更なる高性能化を行っていたが、ある時社内の研究報告会で発表した際に豊田章一郎名誉会長から「食用の材料(グルコースのこと)からポリマーを生産するとはけしからん。そこら辺に野生している野草から作れないのか?」と。具体的にはセイタカアワダチソウの名前をあげられたが、それはつまり非食用の植物からポリマーを作れないのかという事だと理解した。その発言は重くのしかかった。
そこで我々は石油由来のポリプロピレンとバイオ由来のポリマーを複合化してポリプロピレンのアロイ化に取り組んだ。つまりポリプロピレンの使用量を減らそうという事である。その際に選んだバイオポリマーはナイロン11である。ナイロン11はフランスのアルケマ(ARKEMA)社が世界で唯一生産しているバイオナイロンである。これは食用にはならないヒマから得られるものであり、グルコースから製造される可食用ではないため名誉会長からのご指摘にも耐えうると考えた。
話は逸れるが名誉会長の話はいつもとても重い。会社設立40周年(2000年)時には「現実的な問題対処の面で役にたってもらうことは良いことだが、これは豊田中研設立の主旨から言うと堕落なんだな。それより世界最先端の研究所として、『世に豊田中研あり』と言えることを夢見ています」と。また会社設立45周年の記念式典(2005年12月)の際には皆の前で講演をされ、「これまでグループの成長を支える『自動車研究所』としての役割を、立派に果たしてきた。しかし、これからはグループのためよりも、研究所が独自に提案し新しい種を蒔くことが重要です。設立当初の方針のもう一つの柱である『遠大な発明または研究を完成させる』という面での取り組みを期待している。是非、自動車に次ぐ新しい事業は、豊田中研から生んでみせる、という姿勢で新しい発見・発明に取り組んでいただきたい」「また研究所が50年近く活動していてノーベル賞が一人も出ていないのは残念だ」とも言われた。この後、ノーベル賞を取るためにはどうしたらよいかと真剣に議論した覚えがある。結局は狙って取れるものではないという話になったが・・・。
話は戻るがこのポリプロピレンとナイロン11のアロイを主に担当した研究者はカナダのMcGill大学のRobert H Marchessault先生の研究室で長年ポスドクを務めていた研究者(河田順平さん)で私が噂を聞いてわざわざカナダまでスカウトに行った逸材である。実は先生は日本に戻すことには猛反対されたが、自動車部材としてバイオポリマーを使用するためにはぜひ彼が必要だと説得して帰国していただいた。会社に入社してからはセルロース系材料やポリ乳酸などを多角的に扱ってくれ、かつバイオアロイの研究も精力的に実施した。ちょうどその頃にトヨタ紡織の研究者(鬼頭雅征さんら)もこの材料の取組みに興味を持ってくれ一緒に研究を行うことになった。そこで生まれた材料がバイオナノアロイである。
共著者をみると分かるが豊田中研時代にポスドクとしてバイオポリマーを合成していた李さんもトヨタ紡織の関係者として名を連ねている。組成を細かく振ってアロイ化を試み衝撃強度が飛躍的に向上する組成比とそれを可能にするリアクティブプロセスを開発してくれた。これは素晴らしい発明だと考え、私とトヨタ紡織の専務(鬼頭修さん)も入って毎月のように打合せを行い、進捗を管理した。この材料は2018年には新型クラウンのドアトリムに採用され、2019年にアメリカのR&D賞、2020年には高分子学会技術賞を受賞している。普通であれば実用化してから論文を書くという流れになるのであるが、今回はやや異質である。それは社内で議論した際にそんなに素晴らしい材料であればIF値の高い専門誌にきっと載るんだよね、というトップの発言である。そうなれば何が何でも早々に論文投稿しなければならなくなってしまった。それが論文1)2)である。本当はNature、Scienceクラスに載せたかったがそれは難しかった。しかしながらIF値5以上の雑誌に2報アクセプトされたのは良かった。それで社内でも認知され実用化の話が一気に前に進んだ。
1)Jumpei Kawada, Masayuki Kitou, Makoto Mouri, Takuya Mitsuoka, Tohru Araki, Chi-Han Lee, Toshiyuki Ario, Osamu Kitou, Arimitsu Usuki,
ACS Sustainable Chem. Eng., 4(4), 2158–2164 (2016).
Morphology Controlled PA11 Bio-Alloys with Excellent Impact Strength
2)Jumpei Kawada, Masayuki Kitou, Makoto Mouri, Yuichi Kato, Yoshihide Katagiri, Mitsumasa Matsushita, Toshiyuki Ario, Osamu Kitou, Arimitsu Usuki,
Green Chem., 19, 4503-4508 (2017).
Super impact absorbing bio-alloys from inedible plants
メール拝見しています。豊田章一郎会長のコメントは面白いですね。奈良のISO国際会議の帰路、車窓から確かにセイタカアワダチソウ
の黄色の花がそこら中に咲いているのを見かけました。とても強い雑草のようです。
但し、企業の研究所でノーベル賞を目指すのは止めた方が良いと思います。自然に取れてしまったと言うのが理想です。最近は、ノーベル賞もAIに目を向けるなど変わってきたので
それこそQRコードの発明(豊田中研とデンソー)も候補になるかも知れません。また、インパクトファクターは、妖怪ですのでこれに頼るのはよくないでしょう。むしろ引用回数が
本命です。
東大の医学系教授に言わせるとネイチャーに載った医学系論文の半分ぐらいは、「再現不能」が多いそうです。小保方論文もその一つでしょう。
バイオナノアロイは、これから発展するかも知れませんね。東レのナノアロイは、登録商標まで取って頑張っているようです。ただし、マイクロプラスチック問題が絡んでくると
面倒です。ナノ構造ポリマー研究会が頑張らなければいけません。
また、新幹線の広告で東レが「ナノ構造制御」で新材料とかいうテロップを流していて一寸嬉しくなりました。
西 敏夫