22.高歪み化合物、プリズマン・・・戦略物質
先回の21で述べた4つの実施項目*のうち戦略物質は大学時代の話(寄稿文1)に遡る。大学時代にアダマンタンの誘導体合成を研究室あげて実施していたことを述べた。有機化合物の教科書としてヘンドリクソン(J. B. Hendrickson)、クラム(D. J. Cram)、ハモンド(C. S. Hammond)のOrganic Chemistry 3rd Edition(McGraw-Hill Inc.,US;1970年版)を使用していた。その表紙裏に現在のところまだ合成されていない興味ある有機化合物が一覧として掲載されていた。会社に入ってからも何かあればその教科書は参考にしたし、学位取得のペーパーテストの際に先生から言われて再度読み直した本でもある。思い出深いので今でも本棚の一番奥にしまってある。実はその中に載っている化合物の一つがプリズマンである。六角柱構造をした高歪み化合物であり、何か分子内に莫大なエネルギーを内在しているような感覚を覚えるのである。たとえばサイコロ型の正六面体構造のキュバンはその周りの水素8個をすべてニトロ基に置換した化合物(オクタニトロキュバン)は最強の爆薬と言われている1)。プリズマンを合成するという時間の余裕は無かったが、会社時代に自分や若い研究者のチャレンジとして腕を磨ければ良いのかなと考えていた。
60歳を超えてからやっと合成のチャンスが到来した。その合成に果敢にチャレンジしてくれる研究者が現れたのである。今までは会社から派遣されてほとんど米国に滞在し燃料電池の高分子電解質(フッ素系高分子)の開発を行ってきたが、実用化の目途がついた(MIRAI、2015年発売)ので新しいことがやりたいという事で臼杵特別研に来てくれた。このテーマを話した際には目を輝かせてやると言ってくれた時はとても嬉しかった。実は寄稿文21の無機から有機を作る話もこの細川洋一君が中心となって研究を進めてくれた。本人には言ってないが彼のアクティビティにはとても感謝している。プリズマンはアダマンタンと同類の脂環式の化合物なので彼と一緒になって考案したのが得意のフッ素を入れた前駆体を合成しそれに光を照射して閉環しようと言う戦略である。色々と試行錯誤した挙句にやっと合成できたみたいですと言ってきたときは感動したが、その構造解析に一苦労した。なかなか単結晶が作れなかったのである。100%に近い純度にしないと構造解析用の単結晶が作製できなくて苦労した。結局単結晶構造解析は諦めて昔からの常とう手段であるHやC13のNMRを駆使してプリズマンの構造しか考えられないという結論を導いて“Nature”に投稿した。提出から一ヶ月以上過ぎエディターから査読者に回り期待したが、返事は単結晶構造解析を載せるなら受理するというコメントであった。3か月程度の猶予をいただいたのだが我々としては散々実施して諦めたので、福岡大学の川田知先生に相談して実験を進めたがそれでも不可能であった。そこでNatureは諦めて、そこが推薦してくれたMoleculesに投稿し受理された。それが論文2)である。たぶん私がNatureに挑戦できる最後のネタだと思ったので粘ったがこればかりはどうしようもなかった。
余談であるがこの論文をオープンアクセスにしたところ、APC(Article Processing Charge、論文掲載料)は2,700CHF(スイスフラン、現レートで47万円ぐらい)だった。本当はもっと高額を要求されたのだが共著者である他の研究者がこの出版社に別件で論文が掲載をされており割引があった。このような制度があることを初めて知り私は初体験であったが若手研究者がいとも簡単に処理してくれたのには時代の変化を感じた。
今まで(株)豊田中央研究所で研究してきた内容について論文として公開されているものを題材に裏話を述べてきた。詳しい研究の中身には全く触れていないので興味のある方は原著を参考にしていただきたい。また取り上げた論文以外にも紹介しきれていない論文はまだたくさんある。多くの研究者に恵まれて研究を楽しめたなとつくづく思うし、このような経験を自由にさせてくれた会社には感謝しかない。
*4つの実施項目(寄稿文21より)
・超ハイブリッド(MOFを含む)
・無機物から有機物を創る(人工光合成は含まない)
・戦略物質を作る(琥珀、高エネルギー化合物など)
・iPS分子の概念創生
Zhang, M.-X., Eaton, P. E., Gilardi, R.
Angew. Chem. Int. Ed., 39 (2), 401–404 (2000).
Hepta- and Octanitrocubanes
2)Yoichi Hosokawa, Shuji Kajiya, Ayako Ohshima, Satoshi Kawata, Nobuhiro Ishida, Arimitsu Usuki,
Molecules, 29(4), 783-794 (2024). https://doi.org/10.3390/molecules29040783
Molecular-Simulation–Inspired Synthesis of [6]-Prismane via Photoisomerisation of Octafluoro[2.2]paracyclophane
メール拝見しています。とても面白い話ですね。プリズマンの事は知りませんでしたが、ネットで調べると先ず「筋肉マン」が出てきて次に三角柱のベンゼン異性体tと
出てきます。立体構造が気になります。同じく知らなかったキュバンも興味を惹きます。仲間もアダマンタンは知っていましたが。アダマンタンは、レジスト材料に使われているようです。
これらの立体低分子化合物はこれから何かに使えそうです。
論文をオープンアクセスにするとアクセス数がとても上がるようです。以前、免震ゴムの破壊性能国際比較の研究を国際ゴム技術会議(IRC)で発表したところ
是非Journal of Rubber Research に載せたいと主催者からメールが来ました。私も知らないジャーナルで、インパクトファクターも低いので断ろうと思ったのですが、
まあ良いかと投稿しました。ところが、発行元が、Springer-Natureで、審査委員が3人も付いてコメント多数で閉口しましたが、何とか論文になりました。
経産省の補助だったので35万円位払ってオープンアクセスにしたところ2019年に印刷され、今朝調べたら2952件もアクセスがありました。
最近はネットが発展しているのでオープンアクセスにすると随分効果が高いのを実感しています。
因みにその論文は、Toshio Nishi Journal of Rubber Research International Investigation of —と入れると出てきます。
西 敏夫
Journal of Rubber Research は中嶋も査読をしたことがあります。変な雑誌では全くありません。Science Tokyoの場合は例えばACS系ですと包括契約していて、自身が14, 5万出すと残りは大学が出してくれます。今は数多の論文が世に出るので、オープンアクセスにしないと見てもらえない・・・変な時代になったなと思っています。
中嶋