20241222 28.ブームを創る

(この原稿は2013年「高分子」62巻12月号726ページの素描に掲載された原稿と同じです。10年前に何を考えたのか思い出すための再掲載です。同じようなことを今でも思っています)
 大学の研究室を出てすぐ、企業研究所の一員になり、30余年が経過した。実験を繰り返しながら技術を獲得することから始まり、ほかの研究者と議論し、最近では、研究そのものというよりむしろ取り巻く多くの活動を通じて、皆さんが何を欲して、それに見合う研究の出口となるニーズを求めてきた。そして振り返れば、研究を仕事にして以降の時間は日数にしてほぼ1万日を超えた。おもな内容はIC封止樹脂、導電性高分子、有機無機ハイブリッド、バイオプラスチック材料の研究を専門分野としてきた。実際に実験の現場に立った数は、実験ノートの番号から類推すると数千回単位である。学生のころは精密有機合成を行っていて、当時、化学者は自らの手による実験がすべてだと叩きこまれた。そのころを含めると会社に入ってからの実験数は少なくなっている。近年では機器の進歩にともなって、若手研究者をみても実験数が減少傾向にあるのではないかとも危惧している。スピードを求める上で、シミュレーションは大変有効な手段であり、おおいに活用することは言うまでもないが、万能ではない。残念ながら設定するのもまた人である。未知の探求を模索するにあたり、やはり目の前で起きる現象にかなうものはない。実証してこそ事実なのである。

我ながら今さらとも思う原点に注目して、具体的な事例をあげる。以前行った有機無機ハイブリッド材料の研究で、私は粘土鉱物を素材として使用するよう計画を立てた。ただし、粘土鉱物には触ったことがなく、ましてや研究対象となる代物とは思っていなかった。ひたすら新しいマッチングを繰り返すさなかのことだ。粘土鉱物存在下で各種高分子の合成を行うと、明らかな違いに遭遇した。合成してみてよく馴染む材料とまったく馴染まない材料がある。これはたぶん計算では予測できない。さらに、各種高分子の合成をすすめ、ポリアミドはとくに馴染みが良いことが実験で明らかになった。細部まで実験してみるとわからないことが多数あらわれる。それに注目すれば新しい発見につながる。企業研究の醍醐味は、この後である。人、モノ、金をかけて徹底的に材料としての完成度を高めて、製品に仕上げてしまう。私のノートではこの間の実験数が一番多く、ロット番号数で二百程度である。この間は新しい材料の創生研究ではなく、最適化のための組成、プロセスの条件出しである。いかに高性能にするか、いかに安くするか、耐久性をどうやって向上させるかといった開発的なものである。ここまで研究で実施してしまえば、その後は工場での生産に移管できるということである。

実際に自動車用部品として採用されて、化学工場での量産が始まるとまずは一安心であり、今度は研究者の次の活動として外部に発表することになる。メンバーで行ってきた多くの実験の中から、最適化された結果をまとめて学会発表、論文投稿になるとこの準備が相当大変である。企業では就業時間内にまとまった時間がとれないために、時間外、とくに休業日にこの作業を行う。私も当時は土曜日曜でこの作業をしていた記憶がある。論文が掲載されたときのうれしさは今でも忘れられない。論文をベースに世の中の知るところとなり、同じ方向の研究者も多く出て、いわゆるブームが創られた。ここまでが、企業における、一つの研究の表立った区切りであろう。このようなブームは各分野で次々と波のように光を放つ。しかし、私自身の分野におけるさらなる探求心は今も変わることなく続いている。分析機器の精度向上により過去には見えなかったものが見えている。時間分解能も向上して短時間で起きることが見えるようになってきている。化学者はそこからまた新しい発想をして、多くの実験をして、次の研究の芽を創っていくのである。このようにして、多くの次なるブームが出番を待っている状態だと思っている。なかには、種の状態で発芽しなかったとしても、ニーズが発生したときに、その芽は必ずどこかで生まれるだろう。
微力ではあるが、これからの時間を有意義に楽しみ、未来へのメッセージをこめて歩もうと考えている。そして、企業研究から製品化に移行し得る芽を見いだし、後輩にあたる化学者に新たなブームを創る力を期待している。高分子学会においても同様である。時間を超えてブームを創り、さらにそれを学会活動の中で見とどけることができるように、多くの仲間とともにすすめていきたい。

Author: xs498889

1 thought on “20241222 28.ブームを創る

  1. メール拝見しています。これは、臼杵先生で無いと中々書けない貴重な文章と思います。化学者が現場の実験や結果を大事にするのは勿論ですが、
    物理系も同じです。矢張り、目の前で起きる現象が一番です。又、「ブームを創る」と言うのは、肝心です。
    私も現役の頃は、論文や本に「For the first timeーー],とか「We name it —}が書けるように務めました。今では皆さんが普通に使っている
    ポリマーアロイ、ポリマーブレンドの相図、融点降下、スピノーダル分解、高分子ナノテクノロジー、ナノ力学物性マッピング、画像のデジタル解析、ナノレオロジー、ナノトライボロジー、高分子ナノ材料、三次元電子顕微鏡、等など。どれも当初はいろいろ文句が付きました。
    研究に関しては、ベル研究所では、「Research is the effort of the mind to comprehend relationships which no one has previously known}を叩き込まれました。また、最も大切なのは、「Originality and Logic] です。これは、物理系、化学系だけでない話で、情報系、AIなど正にこの線に乗っています。ベル研の研究員は、ジョークが大好きで私が面白い結果を出したら、「Successful EXperiments with Originality and Logic}と褒められて面食らった記憶があります。
    本題に戻ると、研究室輪講のテキストに使った本でとても参考になったのは、・ピエール・ジル・ド・ジェンヌ(1932~2007)の「Fragile Objects: Soft Matter, Hard Science, and the Thrill of Discovery}、Copernics Books, 1996です。彼は、1991年に単独でノーベル物理学賞を受賞し「現代のアイザック・ニュートン」とも呼ばれました。この本は、1999年に西成、大江さん訳でブルーバックスから「科学は冒険」と言う題で翻訳がでましたが、輪講に使ったのは勿論英文テキストです。
    研究者や技術者にとって素晴らしい内容が書かれています。
    もう一つは、・イリヤ・プリゴジン(1917~2003年)の[From Being to Becoming: Time and Complexity in the Physical Sciences], W. H. freeman & Co. 1981です。彼は、1977年に「散逸構造」の研究でノーベル化学賞を取りました。
    これは、構造形成に関する本で示唆に富んでいます。その後、みすず書房から「存在から発展へ」小出、我孫子訳、2019年がでましたが、矢張り原文が良いですね。
    学生には、「卒業したら専門がいつも生かせるわけでは無いが兎に角「Originality and Logic}を忘れないように。」と言っていました。
    西 敏夫

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