(これは2017年プラスチックスエージの2月号p.7フォーラムに寄稿した文章のままです。再掲載になります。)
半世紀以上年の離れた孫と遊ぶことがあり驚いたことがある。公園でブランコを楽しそうにしているので写真を撮った。私は後日現像して見せようかなと考えていたらその場で「見せて!」。あ、そうか。今の世代は写真とは現像するものではなく画面で見るものなのか。そう思うとすぐにデジカメの画面で見せてあげた。「うん、うまく撮れたね!」。その後、家に戻り孫が医者になってお医者さんごっこが始まった。聴診器を胸に当てて「痛いところはないですか?」。お腹と答えると机に向かって両腕をトントンとたたき出した。「何をしてるの?」、「電子カルテ」だそうだ。お、そうか、これも今の世代は紙に書かなくてコンピュータに入力なのだ。別の日に今度は私が用意したタブレットにあるパズルのアプリを見せたら私が最初にお手本を見せただけでもう自分で自由に使えるものにしてしまった。自分が小さかった頃は木の枠でできた板に小さいピースをはめ込んで遊んでいたよな~などと感慨に耽っていると「これおかしい、もう止める!」と言い出した。確かに枠の形が違う、なんと欠陥まで見つけてしまった。こんなデジタル世代らが考える生活はどうなるのか、自分の日常の生活と比べ思わず考えこんでしまった。
私のように企業において泥臭く材料の合成研究を行ってきた者にとっては材料とは手に取って見る、触るモノである。さすがに一昔前の研究者が行っていたような口に入れて味や臭いを調べることはしない。それに比べ確かに今どきの研究者は画像で見る、分子模型をコンピュータグラフィクスで書く、ことを日常的に行っている。先日、弊社内である材料を合成しその単結晶を単離した1)。詳細は原本を読んでいただきたいが、簡単に言うと、金属(Cu)に有機分子(ポルフィリン)が配位した金属-有機構造体(MOF;Metal Organic Framework)である。材料を合成し溶液中に析出した結晶をマイクロループで取り出しX線構造解析を行った。実を言うとそのサイズは数十μmのモノである。昔ならばIR、NMR、元素分析を行い、構造を同定していくのであるが今は単結晶構造解析装置ですぐに原子の種類と位置まで分かってしまう。と言うと実際にやった研究者はとても怒るが、私にはその人の能力もさることながら装置の能力の方が圧倒的に優れていると思うからである(やっている人にはごめんなさい)。単結晶を手に取って見ても何の感激もないわけであるが担当者にはどっさりと大量合成し本当に使えるものなのか見極めてほしいと切に思っている。最後は人間の感覚によってモノの良し悪しを判断しているのが現状ではないかと思っている。
これが当たり前になってくると仮想空間での材料創生が可能になるであろう。こんな特徴を持った材料がほしいと思えばその情報を入力して過去の情報と照らし合わせてコンピュータに考えさせれば直ちに候補材料を提示してくれるのである。我々人間はコンピュータが考えた候補材料をひたすらに試して実際に材料ができるかどうかを見極める。あるいは更に進化したところではこの作業をロボットで行い休む暇なく次から次へと素晴らしい新素材が生まれてくるであろう。いずれは人間が不要になってしまいそうである。
それではデジタル世代が次にやらなければいけないことは何であろうか? 頭を使うことである。それも一人ではなくて大勢の英知をできるだけたくさん集めてコンピュータでは予測もできないようなことを生み出すことではないかと考える。ひらめき、発想の転換、失敗から学ぶなどであろうか。今の若い人を見ているとコンピュータ任せにしていることが多いと思われる。これではコンピュータの知識を越えることができないし人間の頭が退化してしまうのではないかと恐れている。コンピュータは忘れることがないし、言われたことを忠実に実行するので心強い。しかしミスはしないし落胆することもない。人間の喜怒哀楽、落ち込み、思いやり、そう言った人間らしさの先に新しい世界が開けてくると信じている。
デジタル世代、頑張れ!
1)“ Supramolecular Porphyrin-Based Metal-Organic Frameworks with Fullerenes: Crystal Structures and Preferential Intercalation of C70,” Chemistry-An Asian Journal, 11(5), 700-704(2016).
追記:この論文は寄稿文18で紹介した論文2)です。
1 thought on “20250202. 32. デジタル研究者”
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メール拝見しています。2017年の面白い話をありがとうございます。確かにデジタル世代やこれからのデジタル研究者は、
恐るべきです。これにあの頃は無かった生成AIが加わるとどうなることかと心配してしまいます。
しかし、一寸考えると我々の五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)のうちデジタル化が進んでいるのは、主に、視覚、聴覚位で嗅覚、味覚、触覚は未だ手つかずに近いですし、第六感(インスピレーション?)は未だ未だ先のようです。味覚にしても五味(甘い、塩っぱい、酸っぱい、苦い、うま味)等はどうすれば良いでしょうか?未だやることは随分ありそうです。
以前、東大薬学部で分子標的薬を開発している教授の研究室を訪ねたら高性能コンピューターに上に必ずタンパク質や開発中の薬の分子の内部回転が出来る分子模型がおいてありました。「全部コンピュータグラフィックスで出来るでしょう?」と訊いたら、「矢っ張り分子モデルを作ってそれをいじくり回して、分子もいろいろ回転させて頭の中に入れるのが第一。次にこの蛋白のこういう形の瞬間と薬分子のこういう形の瞬間が旨く組み合わさりそうだと検討を付けてからコンピュータで調整するのが一番。」と言っていました。
結晶と違って分子が動き回るのが大事だそうです。視覚だけで無く、触覚、インスピレーションも活用していたようです。
新薬を開発するには、更に嗅覚も必要でしょう。あまり嫌な臭いがする薬は使えないでしょうから。
ゴム材料の場合は、構造だけで無く粘弾性、色調、臭い、耐久性その他多くの要求特性があるのでデジタル化も大変と思っています。
大学で高分子材料の授業を行う場合は、なるべく実物を持って行って触ったり、引っ張ったり、曲げたり、叩いたり、切ったり、臭いを嗅いだり、燃やしたりさせました。時には、タイヤの解剖サンプルや免震用積層ゴムのカットサンプルまで持ち込みました。学生は結構興味を持ってくれたようです。
物理工学科の授業は、やたら難しい数式ばかりの授業が多かったので息抜きになったのでしょう。尤も私の後任は、コンピューターシミュレーションの土井先生になりその後任は量子もつれや量子テレポーテーション、量子コンピューターの古澤先生になってしまったようです。先日NHKで量子もつれの番組を見ましたが、正直言って良く分かりませんでした。更に番組に出てきた古澤さん自身が「アインシュタインがよく分からなかった事を私が分からないのは当たり前!でも分からないから面白くて研究するんだ!」と居直っていました。古澤さんは、去年、「誤り修正ができる量子コンピューター素子」
を発表しましたが、これからどうなるのか楽しみにしています。
西 敏夫