33.AI(人工知能)研究
寄稿文32でデジタル研究という造語で私のようなアナログ人間とは異なる研究者像について述べた。最近ではAIによる研究が盛んであり2024年のノーベル賞は物理学賞と化学賞ともにAIに関する研究に贈られている。化学賞は計算によるタンパク質の設計、タンパク質の構造予測でありかなり基礎的な研究に与えられたのは驚きであった。このような時代になるとAIをうまく使いこなす必要がでてくることは間違いないと思われる。
どうしたものかと考えていた時に以下の新聞記事に目が留まった。2025年1月13日の日本経済新聞に慶応大学の今井むつみ教授が「AI時代に学ぶ達人の技」という記事を出されていた。そのポイントは、
・一流の達人の独創は臨機応変な逸脱から
・逸脱を生み出す直観はAIで再現できず
・達人を目指して自ら学ぶ能力こそ必要に とある。
また挿絵には普通の熟達者と一流の達人の比較があり、
・普通の熟達者:一流の達人と同様に仕事は早く正確。達人のような臨機応変な逸脱をしないので独自の味(スタイル)はない(これはAIで再現可能)。
・一流の達人:規範から「ギリギリの線での逸脱」が独創性に。ギリギリの線での逸脱を可能にするのは優れた直観(これはAIでは再現不可能) とある。
つまりこれを研究者に置き換えると一流の研究者にはギリギリの線での逸脱が必要でありそれがオリジナリティになると考えられるのではないか。AIではそのギリギリの限度が分からないが一流の達人研究者にはそれが可能になるという事であろう。私などは普通の熟達者にもなれていないのでその先の達人には程遠いがどうもこれからの若い研究者はそこが目指すべき地点ではないかと考える。
私が会社での研究を始めた頃は何か実験結果が出ると上司からよく以下のことを質問された。
・それは教科書に載っている知識、情報ではないか?
・それはその分野の人が皆さん知っている知識、情報ではないか?
・その結果は自分の言葉で説明できるか?
・更なる実験は必要か? などなど
しかし今の時代にはこれに
・この結果はネットで検索すれば得られる情報か?
・AIで予測できる結果ではないか?
を入れる必要があると考えられる。そのうえで有識者(AIではなく実際の研究者)の英知を集めて予測できる結果を再現できる組合せや配合の予測を超えた逸脱を行うことがオリジナリティ発現の方策の一つであると思う。AIは失敗をしないし忘却もない。しかし過去の知見にとらわれネット上で公開された情報の範囲内でのみの思考である。失敗を覚悟のうえで経験に基づいた逸脱を行いその結果について説明できることにするのが一歩であると思う。
ちなみに私の所属していた豊田中研でもポリマーのブレンド技術に少しAI(正確には機械学習)を試みている。最近の論文1)ではリサイクル時の廃棄プラスチック活用を最大化する新材混合比の推定手法を機械学習で行なっている。これにより再生プラの機械特性を維持できる最小限の新材混合量を見積もることで、廃棄プラを最大限活用できるようになったとのこと。このような地道な結果を積み上げることにより、いずれは新規なまだこの世にないようなポリマー開発を目指してほしいものである。
Inoue, Y., Okamoto, H.
Resources, Conservation and Recycling, Resources.
掲載日: 2024年8月24日
https://doi.org/10.1016/j.resconrec.2024.107856
“Estimation Method to Achieve Desired Mechanical Properties with Minimum Virgin Polymer in Plastics Recycling”
1 thought on “20250209 33.AI(人工知能)研究”
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メール拝見しています。AI時代にどう対応して行くかは難しい問題ですね。確かに「ギリギリの逸脱」は、
面白いと思います。しかし、AI時代は始まったばかりで、世界中で莫大な投資や研究開発が進行中ですのでどこまで
発展するかを予測するのは不可能と思います。特に日本はAI研究に関しては、世界から2周遅れと聞いています。
それは、以前豊田工大シカゴ分校の学長をされていた古井教授(東工大名誉教授で確か合成音声学が専門)から直接聞きました。
彼の主な使命はAI研究開発者やスタッフのヘッドハンティングだったそうです。若手の優秀な研究者を年俸3~4千万円でも中々スカウト出来ないと
嘆いていました。確かに競争相手がマイクロソフト、グーグル、フェイスブックなどでは太刀打ち出来ないでしょう。
最近では、東大の学生もAIを使うので試験にレポート課題を出しても意味が無く、昔ながらの筆記試験や、直接の対話や討論をしないと
評価が難しいそうです。筆記試験をやると漢字が書けない学生やまともな文章を書けない学生が増えて困っているようです。
将来AIも発展し、AI同士が切磋琢磨して独創性や発明まで可能になると思っています。問題はAIを悪用する者や政府が増える可能性が高いことです。
フェイク動画やフェイクニュースが氾濫して何が本当か分からなくなる危険があります。実際に対面で話すとかしないと本当の事が分からないと言うのは退歩です。
科学技術研究に関しては、意外と自分でやった実験しか信用出来ないという悲しい結果になりそうです。バイオ系の東大名誉教授の話では、ネイチャーに載った
バイオ系の面白い論文は、半分以上は再現不能だそうです。これは、彼と小保方論文に付いて雑談しているときに聞きました。我々高分子系ではあり得ませんが、
バイオ系では普通だそうです。
ギリギリの逸脱で思い出したのですが、現在のAIブームの先駆けとなったニューラルネットワークで成果を挙げられていた東大計数工学科(数理工学科)の甘利俊一教授が印象的です。
彼は神経方程式で有名な数理工学科の南雲仁一先生系統でした。私が学生の頃は、応用物理系で私が居た物理工学科と計数工学科(計測工学科と数理工学科)は仲が良く計数工学科の授業も良く聴講しました。
南雲先生は、情報理論の講義をして、情報エントロピーとかサイバネティクスなど物理系では「よく分からないけど面白い」内容でした。甘利先生は未だ若手で講義は無かったのですが、
噂では、「とても面白い研究室だが、研究室に入るには碁の達人である甘利先生と一勝負しないと受け入れて貰えない。」事になっていました。今では考えられないですね。
甘利先生は東大定年後は、「これからは脳科学の時代だ。」と言って脳の数理工学に没頭されていました。
私が東大に戻った頃には、物理工学科の理論講座に薩摩順吉助教授が居て、ソリトンの研究をされていましたが、何故か材料力学の講義を私と半分ずつ分担することになりました。
応用物理系の講義でしたので普通の材料力学は沢山教科書があるので斬新な講義にしようという事になり、彼は材料力学理論、私は、粘弾性や大変形力学の講義にしました。
その前は、確か船舶工学科の先生が伝統的な材料力学の講義をされていました。その先生が物理工学科の若手がどのような材料力学の講義をしているのか心配されたのですが、
我々の講義内容を知らせたら「理解不能!」との事でした。確かに弾性率は一定で無くて時間で変化するとか、数百%の弾性変形等というのは金属ではあり得ませんからね。
彼らから見れば、材料力学を逸脱していると見たのでしょう。薩摩先生は、その後数理科学専攻(数学科)の教授になりましたが、とても面白い方で、「教授室は畳敷き」だったそうです。
私も教授室を貰ったとき好きなように改装して良いとの事だったので、壁はピンク、床はコルク貼りにしてしまいました。事務主任からピンクの壁は東大では聞いたことが無いと言われました。お陰で学生には好評だったようで面白い学生は沢山来ました。他の教授室は殆ど白かベージュで病院のようでしたから。
いずれにしてもAIには未だ未だ夢があると思っていますが、最後は、現場でどのくらい使えるかでしょうね。AIに使われる身にならないように気を付けるしかありません。
西 敏夫