有機材料を長年扱ってきた研究者として有機、無機に使用されている「機」の意味がずっと気になっていた。ネットで調べてみるとChatGPTでは以下のような説明が出た。
「有機」と「無機」の「機」は、もともと中国語から由来しています。「機」には「働き」や「仕組み」という意味があり、自然界で物質がどのように動いたり作用したりするかという性質を表現するために使われました。
有機・無機の由来:有機は、生命(特に動植物)に由来する物質や、その生命に必要な働きを持つものを指します。「有機」の「機」は生命活動の「機構」や「仕組み」を表しています。無機は、生命の働きとは無関係な物質を指します。つまり「無機」は生命活動の「機構」を持たないものという意味です。
なるほど!である。
更に気になるので有機(organic)の英訳の元になったorganをロングマン現代英英辞典で調べると、下記のようである。
body part
a part of the body, such as the heart or lungs, that has a particular purpose
2. musical instrument
a) (also pipe organ) a large musical instrument used especially in churches, with keys like a piano and large pipes that air passes through to produce the sound
b) an electronic musical instrument that produces music similar to a pipe organ, but that does not have pipes
内蔵と音楽機械(オルガン)である。ちなみに無機はinorganic、つまりorganicではない、非有機という事になろうか。初めてorganicを見て日本語訳を考えた人は悩んだに違いない。そこでorganic、inorganicからまず有り、無しの漢字を当ててそれに続く言葉としてinstrumentの機械から機の字を続けて有機、無機にしたのでは?と私は考えている(皆様からぜひご意見を頂戴したいと思います)。
では「化学」はどうか。Wikipediaによると、化学と言う言葉は元々、舎密(せいみ)と日本語訳されており江戸時代後期の蘭学者の宇田川榕菴がオランダ語で化学を意味する単語 chemie を音写して当てた言葉とある。失礼ながら意外と単純な動機から命名された気がする。宇田川榕菴(1798-1846)はウィリアム・ヘンリーの『Epitome of chemistry』のオランダ語版を日本語に翻訳し『舎密開宗』の名で世に出した。一方、川本幸民(1809-1871)はユリウス・シュテックハルトの『Die Schule der Chemie』のオランダ語版を日本語に翻訳して、中国で使用されていた「化学」の語を用いて『化学新書』という名で世に出したそうである。ここで初めて化学の字が日本で使用されたのである。
最近の文献(2024年10月-2025年3月)で八耳俊文氏が月刊誌「現代化学」に「化学誕生をめぐるヒストリー」という6編の記事を出されている1)。(以下引用)オランダ語には「化学」を表す語としてscheikunde と chemieがあり、18世紀や19世紀ではscheikundeが良く使われ、日本ではこれに対し「シケイキュンデ」と音訳した。Chemieは英語のchemistry と同じで、錬金術alchemy をさすギリシャ語、アラビア語, ラテン語を引継ぐ語で、ドイツ語もフランス語も同じまたはよく似た綴りをもつ。片方のschekunde であるが、これはオランダ語にしかない。なぜならこれはオランダでつくられた言薬であるからだ。「分ける」「分離する」を意味する scheidenと、「術」や「学芸」を意味するkundeの合成語である(以上引用)。
「シケイキュンデ」と「セイミ」という音訳の言葉から今では中国由来の「化学」と言う言葉になったということであり、私にとって長く付き合えるとても親しみやすい言葉になったと思う。
1)八耳俊文、現代化学(東京化学同人出版)2024年10月号 p.36 「化学誕生をめぐるヒストリー 第1回 「化学は日本製か」
2024年11月号 p.39 第2回 「シケイキュンデ考」
2024年12月号 p.57 第3回 「舎密の誕生」
2025年1月号 p.62 第4回 「化学を受入れた人々」
2025年2月号 p.55 第5回 「舎密は消えず」
2025年3月号 p.55 第6回(最終)「科学」は「化学」の前にあらず