(これは2020年プラスチックスエージの7月号p.7フォーラムに寄稿した文章のままです。再掲載になります。)
リベンジとは元々格闘技の世界で使われていた言葉で、雪辱するとか復讐するという意味である。10年ほど前にプロ野球の世界で日本人の敗戦投手がリベンジすると語ったことにより一般にも使用されてきたように思う。この場合は再戦する程度の軽い気持ちだったようである。報復、仕返し、挽回、再挑戦、汚名返上など同様な言葉があるが、これは研究の世界にも当てはまりそうな気がする。たとえば、会社等の研究開発の現場では過去に開発した材料の原理原則をよく理解できなかったが再度取組むことによりそこを明確にできたとか、過去に失敗したものを再度取組んで成功に導いたとか、過去に途中で終わったものを更に応用を広げるために再開したといった事例は経験したことがある。それをリベンジ研究と名付けてみた。
私自身経験したことであるが、30年程前に研究していた素材が世の中に出ていき、当時、現象は理解できていなかったが現在では分かっていることがある。ナイロン中にクレイ(粘土)がナノメートルレベルで均一分散した材料(NCH:Nylon6 Clay Hybrid)を創製し、5wt%程度の少量添加で機械的特性が大幅に向上した素材を自動車用に製品化できた。なぜこんな少量の添加で性能が出るのかあまり理解できていなかったが、最近の分析装置の進歩によりクレイの最表面ではナイロンの結晶化が大幅に進んでいることが観察された1)。これはリベンジ研究である。また別の例で、生分解性高分子材料の話である。ポリ乳酸を自動車部品に適用して、シュレッダーダストの減容化の検討をしたことがある。しかしながら実際にポリ乳酸の生分解性を調べるために試験片を地中に埋設してみると、分子量は時間とともに徐々に減少し当然ながら力学的な特性も徐々に低下し、次第に構造体を維持することができなくなることが分かった。これでは自動車用としては使用できないということで一旦研究開発は棚上げとなった。これをリベンジ研究で再度クルマに搭載しようという研究開発が行われた。その際、生分解性は封印して植物由来高分子材料という触れ込みで行われた。つまり燃焼しても二酸化炭素は増えないというカーボンニュートラルな素材であることがアピールされ実用化ができた。この例では以前とは異なる概念を作ることにより、過去に失敗した素材を生き返らせたものである。今ではこの概念が主流になり、植物由来材料が自動車に使用されるようになってきた。最近ではヒマからつくられたナイロン11(PA11)を使用した例がある。ポリプロピレン(PP)とPA11をアロイ化して高耐衝撃性バイオアロイが作製できた2)。この材料はPPのマトリックス中にPA11が島状にナノ分散した素材であり単独の素材よりも衝撃強度が大幅に向上した。それにより自動車のドアトリムとして実用化できた。
最後に紹介したいのはセルロースナノファイバー(CNF)である。10年程前までは、CNFは水に分散した素材として知られていた。CNF自体は低比重で高強度、高弾性率の素材であるため樹脂の補強フィラーとして検討された。しかし水中に数%しか分散できないため、樹脂中に高濃度で入れることは不可能であった。これもリベンジ研究でCNFを疎水化しドライにして樹脂にブレンドすれば高性能な樹脂/CNF複合材料ができることが示された3)。何事も一回のチャレンジで諦めてはいけないことを教えてくれる。
研究には終わりがなく、何かが理解できればまた新しい疑問がわく。自分もこんな流れのなかで研究生活を続けてきた気がする。自分も含めてこれを読んだ10年後の読者はどんなリベンジ研究をやっているだろうか。楽しみである。
1)R&D Review of Toyota CRDL, Vol. 50, No. 2 (2019).
2)Green Chemistry, 19, 4503-4508(2017).
3)Chemical Engineering Journal, 354, 563-568(2018).
1 thought on “20250316. 38.リベンジ研究”
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メール拝見しています。「リベンジ研究」とは面白い概念ですね。先生の、「クレーナノコンポジット」、「生分解性高分子材料」、「PP/PA11アロイ」、
「CNF」など確かにそう思えます。一度駄目かと思った研究が復活したり、視点を変えて生き返ると言うのはとても大事です。特に、一度駄目と思われた
研究は、しばらくはそれを研究する人がいないので穴場になっている事が多く次の展開のチャンスになり得えます。但し、本当に駄目なのもあるので
その辺の見極めが大事でしょう。
私の場合もリベンジ研究と呼べそうなのがあります。随分昔の話ですが、1972~1975年にベル研究所に客員研究員としてブリヂストンから派遣されていたとき、
本命の「ゴムとカーボンブラックの相互作用の研究」に目処が付いたので次のテーマを探していました。そのとき、ベル研から「ポリマーブレンドの相溶性の研究」を
頼まれました。彼らは、光ファイバーの開発中で屈折率が異なるポリマーをブレンドして屈折率制御が出来ないか検討中でした。面白そうなので気軽に引き受けたのですが、
相溶性を示すポリマーブレンドはあまり見つかりませんでした。文献を調べると1974年にノーベル化学賞を受賞したスタンフォード大学のフローリー教授(1910~1985)が書いた
「高分子化学」(Principles of Polymer Chemistry, 1953)に「ポリマーは、ブレンドしても混合のエントロピーの寄与が少ないので滅多に相溶しない。従ってブレンドしても
興味ある結果は得られないであろう。」とありました。当時は、彼の教科書はバイブルのような物でしたから確かにブレンドに関するまともな研究は殆どありませんでした。
ベル研の仲間からは、「くだらないから止めとけ。」と何遍も言われました。
しかし、いろいろ検討するといくつかの相溶性ポリマーが見つかり、相図、相図の分子量依存性、スピノーダル分解、核生成と成長、融点降下などとても面白い現象が見つかり、次々と論文が書けました。
当時は、基礎研究だけだったのですが、その後いろいろな実用系が現れました。最近では、東レが「ナノアロイ」と商標登録までして透明耐衝撃性ポリマーアロイなどを
売り出しています。面白いのは、フローリ-もポリマーアロイ研究の面白さを認めてくれ、1985年夏に彼が顧問をしていたIBMサンノゼ研究所にSummer Faculty Fellowとして
招待してくれました。私の部屋は、彼の部屋の隣でした。いくら居ても良いよと言われたのですが、東大は7月8日~9月1日までしか許してくれませんでした。理由は、「国立大学の教官がIBMのような民間企業の研究所に長期出張など罷り成らん。どうしても行きたいなら休職して行け。」でした。結局、フローリー教授は、スタンフォード大学教授だったので
スタンフォード大学のロゴが入った招待状を出してくれ許可が下りました。IBMの研究所に行ってみたら、他にプリンストン大学、UCバークレー、フランスのストラスブール大学、
韓国のKAIST等からの先生が居て楽しかったのを覚えています。フローリー教授からは、「日本の大学は面倒なことをごちゃごちゃ言って困るんだ。」と言われました。
ショックだったのは、帰国直後の9月9日にフローリーが彼の別荘があるカリフォルニア州のビッグサー(Big Sur)で心臓発作により急逝されてしまったことです。私は、多分彼に会った最後の日本人かも知れません。世の中分かりませんね。
実はポリマーアロイの基礎研究を日本で真っ先に評価してくれたのが東レの田中千秋、依田直也さん達でした。当時、(株)東レ経営研究所でいろいろ議論したのを覚えています。
そこが出版していたWorld Techno Trend という雑誌の1988年2月号、89年12月号、90年4月号などに特集号などが載っています。田中さんは豪傑でたしか新宿にカラオケバーを
持っていてそこでも皆で騒いだりしていましたが、直ぐアメリカ勤務になり、カーボン繊維やCFRPをボーイングに売り込んだ筈です。当時、日本では、CFRPは、ゴルフシャフトや、
釣り竿などにしか使われていませんでした。航空機や車にまで使われるとは思っていなかったようです。これもある種のリベンジ研究開発かも知れませんね。
西 敏夫