社会が近未来の為に求めていることは何か?自分の分野において可能性があるか? 私は現実から時々引いては振り返ってきた。
会社員時代は研究開発に関わり論文や特許を申請していた。また具体的に製品の開発、それに伴う改良や不具合対応を行ってきた。企業として不具合といわれる中には大量生産の安定性や採算性も含まれる。実際、社会ニーズに応えて実装して本当に価値を上げているものは限られていると思う。
その当時、車のエンジン開発担当者と議論したことがある。クルマの心臓部であるエンジンはクルマ会社にとっては生命線であり成功の鍵を握っている部品である。トヨタ自動車ではエンジンは内製にこだわり自社で設計と生産をしている。1970年代にマスキー法*と呼ばれる排気ガスの浄化に関する規制が実施された際に各社でしのぎを削ったそうである。
*マスキー法:1975年以降に製造する自動車の排気ガス中の一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)の排出量を1970-1971年型の1/10以下にする。
1976年以降に製造する自動車の排気ガス中の窒素酸化物(NOx)の排出量を1970-1971年型の1/10以下にする(Wikipedia 大気浄化法より)。
1972年に本田技研工業(ホンダ)がCVCCを開発してクリア、翌1973年には東洋工業(現・マツダ)のロータリーエンジンもサーマルリアクターの改良によりクリアしたのだが、遅れてトヨタは三元触媒法でクリアした。これは白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)という希少貴金属を使用したものであり、当時はコスト的にはまったく不可のものであったらしい(そうでしょうね)。しかしながら実際に現状では生き残ったのはこれのみとの事である。また燃費、出力、ドラビリ、信頼性、耐久性、適合しやすさ、コストの観点で新規エンジンを開発した際も燃費と高性能の両立を図れたものとして生き残ったものは最初にコストのみが不可で他は合格したものだったそうであり、コストは将来にわたって下がれば良いとして社会実装したとの事であった。
これらの話を聞いて多くの段階を踏まえていくが会社としては何が重要であるかが見えてくる。先ずは商品化するには企業ニーズ、顧客ニーズに応えているか、ひいては社会ニーズに値するものであるかは我々研究者がもっとも注視すべき、かつ繊細な側面であるように思う。企業ニーズを優先して利益のみを追求しすぎる(要は性能を落として低コストにする)と製品の社会実装の点において長続きしないと考えられる。最優先すべきは社会ニーズであり、企業ニーズは最後にしなければいけないのであろう。社会ニーズとは近年多方面から発信されている「地球環境を含む人類の生存とその持続性」に大きく括られると私は考える。それは現実的にどう考察されてきただろうか。
トヨタ自動車は以下のような会社方針を出したことがある。
・石油の将来、CO2の増加、大気汚染、交通事故をMinimize
・魅力ある商品開発をMaximize
これは腹に落ちる。10年以上前にこの方針を出したことは先見の明があると思う。
既にトヨタ自動車では20世紀最後の1997年にハイブリッド自動車である“プリウス”を販売し、今では5代目になっているが、4代目までの燃費、コスト比を下記に示した。
1代目(燃費:28km/L、コスト:1とする)、2代目(燃費:29.6km/L、コスト:1/2)、3代目(燃費:32.6km/L、コスト:1/3)、4代目(燃費:40.8km/L、コスト:1/4)。プライスはあまり変わっていないと思われるので、これを見る限り1代目はかなりの赤字で販売されていたことになる。しかし将来の人類の持続性のために環境を考慮して世に出したのであろう。それが2代目、3代目と進化するに従って性能は向上しコストは下がっている。最近は電気自動車がやや下火にもなってきており早くにハイブリッドを市場に出したことが今のトヨタを支えていると言っても過言ではなかろう。
将来は地球環境を含む人類の生存存続に貢献できる研究がこの先、生き残っていくであろう。社会ニーズを常に見据え、永く求めていく研究開発が重要である。それには10年、100年と言う長い単位で研究開発現場が見守られていくことを期待している。
1 thought on “20250330. 40. 社会ニーズに応える研究”
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メール拝見しています。「社会ニーズに応える研究~生き残る研究」はとても大事なエッセーと思います。
例えに出された「マスキー法」に関する話は、素晴らしいです。丁度あの当時私は、ベル研に居ましたが、
アメリカ人の研究者達は、クリアするのが難しいと考えていたようでした。しかし、1972年にホンダがCVCC、1973年にマツダがロータリーエンジンでクリアすると彼らは、GM,フォード、クライスラーのビッグスリーが出来ないことをやったと言って高く評価していました。
ベル研では廊下ですれ違うとお互いに手を挙げて一言言って挨拶するのですが、
その中に「ホンダ・CVCC」とか「マツダ・ヴァンケルエンジン(ロータリーエンジンの事。)」と言って「日本は凄いな!」と言って褒めてくれました。これで、多分ホンダ、マツダの車のイメージアップに大きく貢献したようです。
一方、トヨタの3元系触媒はあまり知られていませんでしたが、ニューヨークのオートショーではトヨタのセリカ(1970~2006年)が凄い人気でした。彼らにとっては、セカンドカーとして欲しがったようです。会場では、「キュート、セクシー」と言って褒めていました。日本では、初代セリカを「ダルマセリカ」と言って居たようですが、アメリカ人の表現は違ったようです。
でも最後に地味だった「3元系触媒」が残ったと言うのは教訓的ですね。
本題に戻ると、「社会ニーズに応える研究」は何かといつも考える必要があります。以前、私も関係していた、化学技術戦略推進機構(JCII)で今後にどのような国家プロジェクトが必要か議論した事があります。結局、「少子高齢化社会」、「高度情報化社会」、「環境と調和した
経済・社会システム」、「エネルギー・資源と食糧の安定供給確保」が必須となりましたが、25年後の今でも全く同じです。これにトランプ・プーチンのお陰で起きてしまった「脱グローバリゼーション対応」を加えれば最新版になるだけです。後は、これらを材料ー高分子材料に落とし込んで行けば良い筈です。
最近は、生成AI、先端半導体等に莫大な予算が投じられています。生成AIが大事な事は分かりますが、本当に「社会ニーズに応える研究」
なのか時々疑問に思うことがあります。どうも生成AIを悪用したり、大規模投資の対象として持て囃している感じがするのですが皆さんどうなんで
しょうか?大体歴史が証明してきたように、「国家安全保障」、「国家機密」等と言い出すと禄でもないことが起きます。
西 敏夫