20250414. 42.材料のジレンマ・トリレンマ

 商品開発の現場において求められる機能として両方の性能が欲しいが、片方を優先するともう一方の性能が低下してしまう例を何度となく経験する。身近の生活では美味しい食材は高価であるとか安価なものはすぐに壊れるとかは経験する。ここで言うのは特に材料開発でよく経験した話である。これはトレードオフのことであるが例を下記に示す。
・高分子複合材料の機械的特性のうち曲げ弾性率/衝撃強さ
・高分子複合材料の弾性率/流動性(成形性)
・熱伝導性/電気的絶縁性
・接着性/易剥離性
・ガス透過性/突き刺し強さ(特にフィルム、膜)
・車両重量/燃費
・タイヤ転がり抵抗/ウェットグリップ性
 実際に製品などに使用する際は最適な性能を満たすように工夫して使用するのであるが、常に板挟み状態になるのでこれを材料のジレンマと呼んでいた。実際はそれにコストが絡んできて3すくみになるので、トリレンマと考えられる。
 具体例で示す。
【曲げ弾性率/衝撃強さ】
ポリ乳酸は植物由来のバイオプラスチックであり、自動車にも使用したことがある。これは寄稿文15に記載した。ポリ乳酸の弾性率は高い(~4GPa)のであるが、単独では硬すぎてほとんど伸びないので衝撃により破壊してしまう。要は硬くて脆い材料なのである。この材料の衝撃強さを改善するためにエラストマーやゴムの添加をすると今度は弾性率が低下してしまう。まさにジレンマである。しかしながら私自身の研究結果ではポリ乳酸(PLLA)単独ではIzod衝撃強さは2.5kJ/m2であるが、PLLA80に対し天然ゴム(NR)を20(内5はエポキシ変性天然ゴム)添加すると弾性率は半減するが、衝撃強さは~60kJ/m2に向上した。自動車の例では単独の樹脂のみで使用している例はほとんどなくジレンマ、トリレンマをクリアした2種以上の樹脂との複合、フィラーとの複合で用いられている。
【熱伝導性/電気的絶縁性】
 ポリフェニレンスルフィド(PPS)は耐熱性が高く難燃性にも優れるため電気・電子部品用の樹脂として自動車には多用される。そこで課題とされるのは電気製品の放熱性である。特に今後は電気自動車で高電圧が必要とされると尚更である。そのために樹脂の熱伝導性を向上させる必要が出てくる。その解決手法としては樹脂中に金属、カーボン、アルミナ、窒化アルミ、窒化ホウ素などの熱伝導性にすぐれる材料を添加することである。しかしながら金属やカーボンを多量に添加すると電気絶縁性がなくなり短絡の恐れがあって使用できなくなる。また電気絶縁性ではあるが熱伝導性がある窒化アルミや窒化ホウ素は高価でありあまり大量に使用することは難しい。
 豊田中研の森下、福森らはPPSにカーボンナノチューブ(MWCNT)を少量添加し、この問題点をクリアしている(文献1)。具体的にはPPS 71vol%, HDPE 21, MWCNT 1, EGMA(エチレン-グリシジルメタクリレート共重合体)7の複合材料を創製した。PPSの熱伝導度は 0.2-0.3 W/mKであるが、この複合材料の熱伝導率は1.8倍に向上、体積抵抗は同等の16Ω・㎝と絶縁体のままである。ちなみに単純にMWCNTのみを添加すると熱伝導率は1.6倍になるが体積抵抗は9Ω・㎝に低下してしまい絶縁体ではなくなる。高次構造の解析によりMWCNTはすべてPPS中に島状に分布するHDPE中に取り込まれており短絡構造をとっていないことが分かっている。
(1)T. Morishita, K. Fukumoriら, J. Mater. Chem, 21, 5610 (2011).
福森健三さんが日本ゴム協会誌、98, p.11, 2025年 1月号 特論講座
・不均質高分子系を対象とする材料技術第5回「ナノフィラー分散制御によるポリマーブレンドの高機能化(その1)で紹介されています。

Author: xs498889

1 thought on “20250414. 42.材料のジレンマ・トリレンマ

  1. メール拝見しています。材料に関するジレンマ、トリレンマの話は材料の実用化に当たって極めて重要です。
    学術的にはとても面白いが実用化されなかった材料は無数にあると思いますが、殆どはこのジレンマ、トリレンマを解決できなかった為と思っています。
    これは例えノーベル賞を受賞した研究でも同様です。
    ゴム材料では、「タイヤトレッド材料に関する魔のトライアングル」があります。これは、臼杵先生が例に挙げられたジレンマ中にもありますが、
    本当は、「耐摩耗性、ウェット性能、転がり抵抗」のトリレンマです。これらを解決するために莫大な予算、膨大な時間と人手が世界中で投入されています。
    EUでは、これらを数値化してタイヤのグレーディングまでしているはずです。
    一昔前ですが、産学官連携(ブリヂストン、JSR, 東北大WPI, 九大、産総研)でNEDOのプロジェクトをやったことがあります。結果は、2012年10月22日にブリヂストンからのニュースリリースで「超低燃費タイヤ用ゴム」の技術開発に成功~従来の低燃費タイヤ用ゴムと比べてエネルギーロス40%低減、耐摩耗性25%向上~」となりました。
    当時は、一寸考えられないような高性能化でした。今でもブリヂストンのニュースリリースやNEDOの関連記事で閲覧可能です。
    具体的には、「三次元ナノ階層構造制御技術」で、「ポリマーブレンド、充填剤の配置、架橋網目分布」をマイクロスケールからナノスケールまで制御する
    訳です。ブリヂストンからは、芥川、清水、青木、五十嵐さんら、JSRからは、曽根、但木さんら、東北大WPIからは、中嶋、西ら、九大からは、陣内さん、産総研からは、森田さん、
    更にアドバイザーとして土井先生などが参加していました。毎回の打ち合わせ会議は議論が白熱してとても面白かったです。オープンイノベーションの好例かも知れません。
    ニュースリリースの他、私が書いた「高分子70巻7月号、ポリマーセレクト「ゴム系複合材料の研究と今後の課題」、387~399(2021)」や日本ゴム協会誌第92巻第8号特論講座
    第4回「高分子ナノテクノロジーとメガテクノロジー」、295~301(2019)等に載っています。
     最近では、EV車などの普及にともない、特に耐摩耗性、低電費(低転がり抵抗)が要求されているでしょう。更に、流行の「リサイクル、サーキュラーエコノミー、マイクロ・ナノプラスチック(タイヤの摩耗粉)問題」等まで考慮するとトリレンマを越したマルチレンマになってしまい、AIをフルに活用しないとやっていけないと思います。
     先日、そのNEDOプロジェクト打ち合わせに良く使った東京駅八重洲口の北口と高島屋本店の中ぐらいの位置にあったビルの前を歩いたら、そのビルは取り壊され、超高層ビルの
    建設中でした。世の中ドンドン変りますが、材料開発におけるジレンマ、トリレンマ、マルチレンマの課題はズッと続くでしょう。
    西 敏夫

コメントを残す