20250506. 44-2.チーフリサーチャー 2

 寄稿文44でチーフエンジニア(CE)のことを書いた。さらに思い出したことがあり44-2として追記する。
 京都大学で環境省プロジェクト(NCVプロジェクト)を実施した際、最初のトライとしてトヨタ86のボンネットとトランクをCNF(セルロースナノファイバー)複合材料を用いて材料置換したクルマを試作した(寄稿文23)。市販の車であり実際に購入したので改造することは自由に行っても良いと思ったが、世の中に発表する際にはトヨタ86のCEである多田哲哉さんに了解を取ろうという事になった。面識は無かったのでトヨタ自動車関係の方にお願いしてコンタクトをしていただいた。すると即座に「光栄です。自由に遊んでいただいて構いません。」というとても前向きのメッセージをいただき恐縮したことがある。CEは担当車種の社長、プロジェクトの技術面・マネージメント面の両方を統括する立場、優れたエンジニアであると同時に優れた職人、車両開発を通しての指導・育成にも意識を注ぐなどCEの資質を感じた瞬間であった。
 少し自信をつけて次のトライアルは部品の材料置換をするのではなくゼロからのクルマ作りを行ったわけである(寄稿文24)。そのコンセプトを再度記載すると、
1.将来的に自動車の軽量化が進むことが予想されるが、自動車メーカー等の選択肢と成り得るポテンシャルを引き出すこと。
2.実際に走行することが可能なCNFコンセプトカーを作成し、CNF由来の自動車の環境優位性を幅広く国民にPRすること。
3.コンセプトカーのデザインは先進的で、自然由来であることが体現できているデザインであること。
デザインはカーデザイナーの方に依頼した事は前にも述べたが、私としては何か新しい技術なり機構を導入したいと思った。植物のコンセプトとして多様性、恒常性に関することを取り入れたいと考えた。多様性として植物は同じ種であるにも関わらず形や色を変えて繁殖する事。これはクルマなら地域で特色あるCNFを使用できることに繋がる。恒常性は環境が変わろうとも内部構造は変化させない事。これは葉の葉脈に水を流していることに繋がる。クルマにするなら外部温度が変化しても一定の温度にコントロールされていることができないか?私はこの恒常性と自然由来を繋げ、「葉脈」の構造を天井のサンルーフに取り入れてそこに冷却水を流して車室内温度をコントロールするというアイデアを実現できないかと考えた。つまりCNFで試作した紙管(パイプ)を葉脈状に巡らせてそれをポリカーボネートで固めるというアイデアである。すぐに関係者に集まっていただきアイデアを説明したのであるが、答えは「ノー」。とても1年では難しいというものであった。夏の車室内の暑さを考えると面白いと思ったが単純な発想のアイデアだけでは現場の技術者には受け入れてもらえないことを実感した。結局、葉脈は無しでポリカーボネート製のサンルーフを試作でき、さらにCNFと複合化することにより20%軽量化することに成功したのでプロジェクトとしてはまずは成功に終わり安心した。しかしながら本物のCEはさらにスケジュールやコスト、生産の管理まで行わなければならないため私のように一台しか試作していないものにとっては程遠い存在であるが、技術やアイデアを実際の製品に落とし込んでいく困難さを実感した事例である。残念ではあったが機会があればまたトライしたい。
 試作車は以前に述べたように東京モーターショーで展示した。日本由来ということで最後の挑戦(あがき?)として、シートには十二単の着物を使用、車室内には欄間入りの棚を設置、ハンドルは刀の柄をデザイン、ヘッドランプカバーはアクリル樹脂の切削加工により江戸切子風デザインに、フロアマットは京都の枯山水のデザインなどすべて特注品にした。
 最後の難関として大きなショーに出展するにはやはり各会社の了解を得る必要がある。私自身も当時の豊田中研代表取締役である瀧本正民氏(元トヨタ自動車副社長)に説明に行った。「本来はこんなクルマは作らない。材料は適材適所にすべき。」なるほどそうであるが今回はCNFをできるだけ使う必要があるという趣旨を説明しご了解は得られた。冷や汗ものである。
 本題に戻るとチーフリサーチャーは自分の想いを頑固に変更せず、多くの研究者を引っ張っていくリーダーシップと説得力が必要であると考える。これからアカデミアや産業界を牽引するチーフリサーチャーには大いに期待している。

Author: xs498889

1 thought on “20250506. 44-2.チーフリサーチャー 2

  1. メール拝見しています。CNFを活用した車の開発の話は、とても参考になります。コンセプトカーが出来ても
    量産化には様々な問題があって大変なのでしょうね。
    私が面白かったと思う実例は、シトロエン・2CV(1948~1990年)の開発と実用化です。
    シトロエン社長のピエール・ブーランジェが農民向けの小型自動車として、「こうもり傘に4っの車輪」というコンセプト
    で開発させたそうです。詳細はネットに詳しく載っていますが、チーフエンジニアの功績は素晴らしいですね。2CVは、
    カー・オブ・ザ・センチュリー最終候補の26台にもなったそうです。同じく最近では、インドのタタモータースの
    ラタン・タタ会長が発案した、「一家4人が一台のバイクで移動する日常を変えて、手頃な値段で雨の中でも安全な移動が出来る10万ルピー(約28万円)
    の車(ナノ)の開発」も衝撃的でした。ナノは実物をムンバイでIRC2010が開催されたときに見ましたが、中々良く出来ていました。しかし、色々な事情で
    2008~2018年と短命でした。本当は、電気自動車に対してもこういうコンセプトで革新的な車が出てくると良いなと思っています。
    チーフリサーチャーでは、中々良い例が見つかりませんが、5月28日にマイクロ・ナノ加工研究会で講演して頂く東大物理工学科の香取先生もその一人かも知れません。
    100億年に1秒以下の誤差というとんでもない精度の光格子時計の基礎研究から商品化までこぎ付けた訳ですから。同じ物理工学科の古澤明教授も「量子コンピューター」
    で頑張って居て面白い成果が出そうです。彼らは、私が居た頃は、レーザークーリングでボース・アインシュタイン凝縮とか、量子テレポーテーションとかの基礎研究を
    していて、面白いけれど何の役に立つのかなと疑問に思っていました。彼らについて行く研究者も大変でしょうが、「分からないから研究するんだ!!」がモットー
    のようで、楽しいんでしょうね。
    西 敏夫

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