20250511. 45.高分子材料は金属材料のマネをしている??

 会社で研究開発を行っていた頃は機械分野、電気分野、材料分野の3分野に分かれて組織的に研究を行っていた。また材料分野では金属、セラミックス(触媒含む)、有機(塗料含む)、バイオ、電池材料を基盤としていた。定期的に各材料の担当者間で業務計画などを議論する機会があったが、有機(特に高分子)はいつも金属研究の後追いをするよね、と言われて悔しい思いをしていた。例をあげると、
・アロイ(合金):アロイは複数の金属を混ぜ合わせた材料。例として、アルミ合金、スズ合金などがある。「ジュラルミン」は100年以上前の1909年に銅4.2 %、マグネシウム0.5 %、マンガン0.6 %を含む組成のアルミニウム合金として発売されている。鉄にクロムやニッケルを混ぜた「ステンレス」、銅と亜鉛を混ぜた「真鍮」、銅とニッケルを混ぜた「白銅」は硬貨に用いられ、鉛とスズの合金である「はんだ」は電子部品と回路の接合などに使用されている。豊田中研からは超弾塑性型チタン合金Ti、Ta、Nb、V、Zr、Hfからなる「ゴムメタル」が開発されている。
 高分子でもポリマーアロイのネーミングで精力的な研究開発が行われているがそれは1980年代以降のようである(1)。私は試行錯誤で色々なポリマーの複合化(アロイ化)を研究したことがあるが、失敗が多いのでよく言われたのが「実験する前にもう少し組成を考えて物性を予測できないのか?」と。高分子ではまだ歴史が浅くきちんとした相図ができていないと言いながら批判をかわしていたが今ならもう少し進展しているのかもしれない。更にマテリアルインフォマティクス(MI)の研究が進化してある程度の物性予測ができるのかもしれない。
西敏夫、日本ゴム協会誌、第92 巻 第3号 p.121-127(2019).
「ゴムの不均質構造と高分子ナノテクノロジー第2 回 ポリマーアロイの相溶性と相分離の研究とその発展」
・準結晶(じゅんけっしょう、英: quasicrystal):準結晶とは結晶ともアモルファス(非晶質)とも異なる、第三の固体物質ともいうべき状態である。結晶を定義づける並進対称性は持たないが、原子配列に高い秩序性を有している。金属の準結晶は1984年、ダニエル・シェヒトマン(2011年ノーベル化学賞)によって液体状態から急冷したAl-Mn合金から発見された。準結晶の金属に特有の物性として、金属としては異常に高い電気抵抗があげられる。例えば、アルミニウム、銅、鉄はいずれも良導体であるが、これらからなる準結晶Al-Cu-Feでは電気抵抗が10万倍にも達する。
 高分子では遅れて2007年に名古屋大学の松下裕秀教授(当時、現豊田理化学研究所)から星型ポリマーにて発見、報告された(2)。この論文は2011年のノーベル賞発表の際にも引用されたものであるが金属よりは20年以上遅れている。これも金属分野の研究者に紹介した際には金属のマネだと言われたことがある。
余談であるがこの文献(2)の筆頭著者である林田研一君は名古屋大学で学位を取得後豊田中研に入社してもらい少し研究を行った。実用上はまだほど遠いと思い研究はあまり継続できなかったが研究者としては相当なこだわりがあった。実験器具はすべてガラス細工の自作で手作り、時には朝は5時ごろには出社し実験を行い夜は10時ごろまで没頭していたこともある。頭は坊主であり(床屋に行くのがもったいないと)家には冷暖房を付けず自らを修験僧と呼んでいた。
(2)Hayashida K., Dotera T, Takano A., Matsushita Y., Phys. Rev. Lett. 2007, 98, 195502. DOI:10.1103/PhysRevLett,98,195502
・ミルフィーユ構造:ミルフィーユとはフランス語で「千枚の葉」を意味し、パイ生地を薄く何枚も重ねて焼き、その間にクリームなどを挟んだ菓子のことを言うがその構造を材料で達成した例がある。つまりミクロスケールで、原子同士が強く結合した硬質層と、比較的弱く結合した軟質層との積層構造を作った。実はこれは日本発のもので科学研究費助成事業「新学術領域研究(研究領域提案型)」ミルフィーユ構造の材料科学 新強化原理に基づく次世代構造材料の創製で実施されている。最初は長周期積層構造(LPSO)構造型Mg合金(河村教授、熊本大)の研究からである。この領域研究は、この独自の着眼のさらなる展開を図るものとして実施され、キンク強化を新しい材料強化法として確立し、これに基づく材料創製をTi系、Al系を含む新規金属系材料、さらには高分子系・セラミックス系材料へと展開するとある。色々なチームがある中で高分子は新規金属・高分子系ミルフィーユ構造のキンク制御と材料創製(実験系)で山形大学の伊藤浩志先生が研究代表者になっている。金属の方をアッと言わせる成果を期待している。
・ハイエントロピー合金:最近の金属分野ではハイエントロピー合金と命名された材料がある。5種類以上の金属をそれぞれ高濃度で混合した合金と定義されている。高価な貴金属やレアメタルの代替金属として、研究開発が進められている(3)。高分子の領域ではまだこのような概念が無いように思うが、いずれハイエントロピーポリマーアロイなる分野が出てくるかもしれない!? 
日本化学会「化学と工業」2025年5月号はハイエントロピー合金の化学特集であり、7本の解説記事が掲載されている。

Author: xs498889

3 thoughts on “20250511. 45.高分子材料は金属材料のマネをしている??

  1. いつもお世話になっております。伊藤です。
    寄稿を拝見して、私もご紹介をいただきまして誠に恐縮です。
    この新学術領域では、西先生にもアドバイザーにも御就任をいただき、多大なアドバイスを頂戴しました。中々、金属の先生、無機の先生と重なるところと、高分子の特性(高分子性等)では隔たりもありましたが、とても面白く勉強させていただきました。中々、金属を凌駕するものは実現できなかったのですが、延性でタフネス材料や、また、固層加工(鍛造)に近い高圧プレス法を、今でも取り組んでいます。結晶制御というよりも非晶鎖の配向や絡み合いを制御することが力学特性に影響を及ぼすということを継続的に調べています。

    伊藤浩志/山形大学

  2. 貴重なご寄稿、ありがとうございます。
    弊社の主力製品である電線、光ファイバは、銅やアルミ、ガラスが機能を発揮し、
    ポリマーは絶縁被覆として使用されるため、金属、ガラスの材料研究より下に見られる傾向があります。
    が、銅合金の研究発表会では、ポリマーアロイの知識も役に立ち、結構議論も活発にできました。
    そのお陰か、異種材料界面や接着における社内の課題解決のPJにも支援の立場で参画でき、信頼も得ています。
    また、金属と高分子は、加工温度が大きく異なりますが、成形プロセスも同様であり、ナノ構造ポリマー研究会の
    交流会でも日光の工場を見学いただき、非常に有益だったと覚えています。
    今では、異種材料から学ぶ点も多いと感じており、金属研究者との意見交換、交流も深まりました。
    当社製品ならではの効果と認識しています。
    今後も宜しくお願い致します。
     加納 義久 

  3. メール拝見しています。臼杵先生の、「高分子材料は金属材料の真似をしている??」というご指摘は確かですが、いろいろ違う点も多いのが面白いところと思っています。また、伊藤先生、加納さんのコメントもとても参考になります。
      先ず、歴史的に見れば、金属材料の歴史は、数千年に対して高分子材料(特に合成高分子材料)の歴史は、20世紀に入ってからなので比較になりません。金属屋さんが高分子屋さんに対して「真似をしている」と言うのは当然ですが、高分子材料の基礎で金属と大きく違うのは、重合度とか分子量の概念です。例えば、金と言えばその基本は、金原子を考えれば良いのですが、ポリエチレンと言っても分子量、分子量分布、分岐等まで指定しないと無意味です。単分散ポリエチレンで重合度が1万の直鎖状ポリエチレンを用意しろと言われても無理です。
    金属屋さんにそれを言うと「高分子は混ざり物で困るね!」になります。金属で合金は当たり前ですが、同じようにポリマーをブレンドしてもいろいろ問題が起きます。混合のエントロピーの寄与が少ない為ですが、それは重合度が効くからです。同様に合金で起きる融点降下も金属に比較して遙かに少なくなるのもエントロピーが効いています。勿論、相溶性も分子量で変化しますし、一寸の分子間相互作用で影響されます。これは、金属合金には無い特性です。
      また、高分子の結晶は、金属の結晶に比べると驚くほど不完全です。X線回折のスポット数を比較すると一目瞭然です。高分子はアモルファスが普通で、金属は結晶が普通と考えた方が良いかと思っています。東北大学WPIにいたときは、金材研絡みの先生方が多くて「バルクメタリックグラス」で騒いでいましたが、高分子屋から見ると何故騒ぐか理解不能でした。
    高分子の場合、それが例え結晶していても分子運動が起きていると見なした方が良いでしょう。結晶化度という概念も金属屋さんには意味不明かも知れません。
      面白かったのは、ポリマーブレンドの相図を使ってスピノーダル分解を起こし、それが実時間で光学顕微鏡下観察できる事を金属屋さんに言ったところ、実際に見るまでは、信じてくれなかったことです。金属やガラスでスピノーダル分解が起きることは理論的には予測されていたのですが、相分離のサイズが小さいのと短時間で起きてしまうので観察不能が常識でした。高分子の場合、分子量が高い事や、分子間相互作用が及ぶ距離が長いので相分離のサイズが大きく、相分離がゆっくり起きるためです。
      高分子の場合、分子量と分子運動性をいつも考えなくてはいけないところが金属と違っていて、この点はむしろバイオ材料(遺伝子、たんぱく質など)に近いかも知れません。それぞれの材料科学の特徴を生かして新しい材料が出来ると面白いと思っています。
     尚、新学術領域研究「ミルフィーユ構造の材料科学」(2018~2022年、代表:阿部英司東大教授)では評価委員を務めさせて頂き、貴重な経験でしたが、2020年からのコロナ禍の影響を受け少々残然でした。本流は金属系でしたが、高分子材料では伊藤先生のグループなど随分頑張って居ました。高分子材料の「キンク強化」が難しい所でしたが、これからの問題も見えてきたと思っています。
      最後に金属材料で面白い共晶合金などが高分子材料でも出来ないかと思っています。一時は、相互侵入高分子球晶などやったのですが、物性的には大したことが無くて中止してしまいました。臼杵先生が言われる「ハイエントロピー合金」のポリマー版は、面白そうですね。清華大高分子研究所の謝続明教授らのグループが、マルチブロック共重合体を合成して、
    多成分からなるポリマーのリサイクル(ポリエチレン、ポリスチレン、PETなど)に使えると発表しています。また、ごく最近では、伊藤耕三先生のグループが、ナイロン6とナイロン66
    の共重合体で作った「釣り糸」が、何故か「海洋生分解性」で、プラスチックの海洋汚染の解決に貢献しそうだとのこと。その釣り糸の高次構造がどうなっていて、どの部分からバクテリア?が分解を始めるのか興味芯々です。高分子屋さんは、金属屋、バイオ屋さん、更には、生成AI、シミュレーション屋さん等の良いところをどんどん取り入れて新分野を切り拓いて頂きたいです。
    西 敏夫

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