202412155. 27.受託研究3

 先回の25、26に続き受託研究の続きである。
・ナイロン6のモノマーキャスティング代替品
 テレスコピックステアリング(前後に移動させることが可能なハンドル、チルトは上下に移動)にはハンドルを支えている軸と受け軸の間に1mm以下の空間がありその隙間はナイロンで充填されている。そのナイロンはモノマーキャスティングナイロン(MCナイロン)と言われ、別の名称としてアニオン重合ナイロンとかナイロンRIMとも言われる。これは150℃でモノマーのカプロラクタムを溶融して型内へ流し込み、それと同時に重合が瞬時に進み固まるものである(ナイロン6の融点が220℃であるため重合と同時に固まってしまう)。その反応開始剤としてカプロラクタムのアニオン(LiやMgBrとの塩)を添加するのであるがこれは空気中では不安定でありなかなか反応の制御が難しい。それをもっと扱いやすくできないかという受託研究である。
 そのために直鎖状のナイロン6分子を星型(放射状分子)にすれば溶融粘度が低下し狭い隙間にも流れるのではと考えた。調べてみたが意外と例が見当たらなかったため自ら合成することにした。中心にベンゼン骨格を有し3つのカルボン酸を有する1,3,5-ベンゼントリカルボン酸(trimesic acid)、4つのカルボン酸を持つ3,5,3′,5′-テトラカルボキシビフェニルとカプロラクタムを混合して重合することにより3置換星型ナイロン6と4置換星型ナイロン6を合成することができその物性や溶融粘度を測定した。分子量を揃えた各種ナイロン6の物性は直鎖状、3置換、4置換でほぼ変化がないが、溶融粘度はそれぞれ各一桁づつ低下した。しかしながらモノマーの溶融粘度には到達せず残念ながらこれでは使用ができないことがわかった。
 まだ実用上はハードルが高いが学理としてこの結果は興味があったので論文として発表することにした。それが論文1)である。ナイロンの分子量は比較的低くて1万-2万程度であり、本来は流れやすいポリマーであるためあまりこのような材料が何かに実用化されたということ話は今のところ聞いていない。
・トラクションオイルの開発
 トラクションドライブは,潤滑油膜を介してたがいに押し付けられて転がりあっている回転体を用い一方の回転体から他の回転体に動力を伝達する方法でありクルマの重要な技術である。その潤滑油であるが常温では当然ながら液体であり抵抗なく滑らないといけないが、高回転になるとそのままでは滑ってしまい動力が伝達できないため高圧下では固体状態のようになる必要がある。パラフィン系オイルを使用していたが更なる効率の高いトラクションオイルを開発することが今回の受託研究である。原理を聞いた時にこの有機分子の設計として「鉄アレイ」構造を考えてみた。つまり高圧下では分子が細密充填されて密になり固体状態に近づくと考えた。また途中で折れ曲がり構造を導入するのも細密化を考慮すると良いのではないかと推定した。そのためパラフィン構造やエーテル構造の両末端にバルキーな基(たとえばシクロヘキサンやノルボルネン、アダマンタンなど)を結合して鉄アレイ構造を設計した。ニーズ元企業と一緒に同席していたトラクションオイルメーカーの研究者が実際に合成しその特性を調べたところとても良い物性を示すことを確認できこの研究は終了した。機械系の研究者が主に実施していたのだがここに材料系の研究者が同席することによりとてもうまく話が進んだ例だと思う。実際に使用されたかどうかは知らないが、調べたところ2)で示す特許として出願されていた。
・VOCの低減
 車室内の臭いなどに関するものでVOC(Volatile Organic Compounds、揮発性有機化合物)と呼ばれているものの低減化の受託研究である。いわゆる新車臭などと言われているものである。酷い時には海外に輸出された車が魚のような(生臭い)臭いがすると言われることがあるという。現在はそれぞれの会社において製品ごと大きなオーブンに入れて発生する揮発成分を測定し基準値以下にするようにしている。以前は測定法や解決法も手探りであったが、今ではその対策も確立されておりアニーリング処理(要は一定期間放置後出荷)、吸着剤(ゼオライトなど)の添加、反応剤を入れて分解する、重合して揮発しないようにするなどといった手法が施されている。

1)臼杵 有光, 長谷川 直樹, 岡田 茜, 倉内 紀雄
高分子論文集 52 巻 9 号 p.576-581 (1995).
新規星型ナイロン6の合成と特性
2)【発明の名称】エーテル化合物及びエーテル化合物を含有するトラクションドライブ用流体組成物
【出願番号】特願2000-319969(2000年10月19日出願)
【公開番号】特開2002-128721
【出願人】株式会社豊田中央研究所、東燃ゼネラル石油株式会社、トヨタ自動車株式会社
【発明者】大森俊英、臼杵有光、ケダール・シャンカール・シュレスタ、梅本昇、吉村成彦、鈴木厚、窪野一茂

Author: xs498889

1 thought on “202412155. 27.受託研究3

  1. メール拝見しています。現場絡みでは面白いテーマがいろいろ出てきて大変ですね。私もBSにいたときには同じような依頼が良く来ました。
    例えば、加硫前のゴム材料に粘着性を持たせる粘着付与剤です。これが無いとタイヤの成形が旨く行きません。通常は、ロジン(松脂)を使うのですが、
    1970年代は、、出雲の「大社ロジン」を使っていました。しかし、タイヤの生産量が増えてきて国産品では間に合わなくなり外国産や、石油化学由来の合成品も使うことになりました。
    世界の松ヤニは、調べてみると国産品は希少品でした。最近の統計によると世界の松ヤニ生産量は、100万トン位でそのうち、中国(38万トン)、アメリカ(28.2万トン)、インドネシア・ブラジル(各4.7万トン)、
    メキシコ(2.9万トン)、インド(2.5万トン)、アルゼンチン(2.4万トン)、フィンランド・スエーデン(各2.3万トン)と続き日本は約2万トンです。
    そこで各国からロジンサンプルを取り寄せたところ、色や臭いなどまちまちでした。松ヤニは天然物なので組成もバラバラで松の種類(赤松、黒松、エゾマツ、トドマツーーー)に依っても
    産地によっても微妙に違います。結局、ロジンの軟化点(またはTg), ゴムとの相溶性などで判定し、後はゴム組成物の粘着性と加硫物の物性で評価するしかありませんでした。
    実は天然ゴム自身も産地、品種、グレードで随分物性が異なります。まあ、農産物だから出来が違うのは当たり前と思えば良いのですが、エンジニアの視点から言うと心細いですね。
    それでもタイヤとして高性能な物が出来るのはある意味では奇跡に近いと思っています。
    余談ですが、タイヤ用のロジンは安価ですが、同じロジンでも弦楽器用ロジンは高価です。バイオリンやチェロの弓にロジンを使わないと音が出ません。多分、ロジンで弓に使う馬の尻尾の毛と弦楽器の弦の間の
    摩擦が丁度良いスティク&スリップの状態になって良い音が出るのでしょう。標準的には、ピラストロのロジンで、30グラムで約2~3000円、プロ用だとセシリアのロジンで約30グラムで1~1.5万円です。
    しかし、ロジンの中身はゴム用とどう違うのかは分かりません。ブランド効果かも知れませんが、弦用ロジンは琥珀色で透明に近いだけで精製しているのは確かなようです。
    臭いやVOC規制は確かに難しいですね。
    BSの小平工場は、天然ゴムの臭いがしました。天然ゴムはタンパク質を含んでおり、シート化する際に原産地で腐敗を防ぐために燻製するからです。1960年代は工場周辺は田畑や空き地で誰も問題にしませんでした。
    私は、燻製の臭いが好きなので何ともないのですが、1970年代になると小平工場周辺の空き地に鉄筋コンクリートアパート群が建ち始め、後から来た住民から臭いと文句が出始めました。
    臭いを何とかならないかと言うわけです。いろいろ検討したのですが、最後は高砂香料に相談して適当なマスキング剤を使ったと思います。その後2015年頃迄は、マザー工場として健在でしたが、
    今では、小平工場は、解体してイノベーションパークになったので臭いの問題は消えて亡くなりました。世の中変わる物ですね。
    西 敏夫

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