20240422 会社での初の論文

 大学院修士課程2年生になり就職を考えた。当時は研究室に企業から直接の依頼があり、教授の推薦があれば入社できるような時代であった。
元々は東京の化学会社から奨学金をいただいていたのでそこへ入社するつもりであったが、教授から地元に大きな研究所ができるのでそこへ行かないかと言われた。
当時は名古屋市内の小規模な研究所であったが、郊外の長久手町(現 長久手市)に1000人規模の研究所を開設するとのこと、これは面白いと思い推薦状を書いていただいた。
ただし、自動車関連の研究所なので何をするのか分からないとの話であった。
これが(株)豊田中央研究所に入社した経緯である。元々の市内の研究所はその後豊田工業大学として運営されている。

 名古屋市内の研究所で入社式を行い、すぐにトヨタ自動車へ実習に行って工場勤務(夜勤もあり)を行い、夏には長久手町にある出来上がったばかりで新設の研究所に戻ってきた。
わくわくする気分を抑えつつ実験室などに案内されたときはとても驚いた。「何も無い!」。「どのような研究をするのか?」の問いには「何がやりたいか?」である。
学生時代から1)の論文に興味があったので思わず導電性高分子、ポリアセチレンと答えると、すぐにその合成の準備に取りかかることになった。とは言っても実験台から作らなければならないので、アングルを組んで一先ず簡便な台を作製した。重合触媒やモノマーであるアセチレンボンベの購入が済み、初めて論文追試を行った際はまったくポリアセチレンのフィルムはできなかった。技術の未熟さにがっかりしたが、何回も追試するうちにコツが掴めてきて一ヶ月もするとフィルムができるようになってきた。しかし黒いフィルムであり、金属色のフィルムには程遠い。
ある時、高分子学会で論文の著者である白川先生(2000年ノーベル化学賞)と話す機会があり思い切って重合の仕方を質問した。研究室を訪問させていただく許可をいただき、筑波大学まで自費で行った。触媒の調整方法、モノマーの純度を向上させる工夫、溶媒の溶存酸素をなくす工夫などしてやっとアルミ箔のようなきれいなフィルムができるようになった。当時は先生がノーベル賞を取られる先生とはとても信じられないくらいフレンドリーな方であった。後日談として先生の研究室からドクターの学生さんに入社していただくことにもなった。文献にあったようにドーピングすると電気抵抗が低下し、電気が流れるのはとても面白かった。これに関しても私は電気が苦手であったが、たまたま同期入社の60名の中に東工大の電気出身のドクターの方でポリアセチレンの電気抵抗を測定したことがあるという方がおられ協力を仰ぐことができた。しかしながら扱っているうちに、この材料は空気中で酸化してしまうことが分かり、興味が薄れていった。そんな頃、電解重合により空気中でも安定なポリピロールやポリチオフェンといった導電性高分子が報告され、次にこれらの化合物を扱うことになった。これも社内の電池研究室の方々に協力していただきとてもきれいなフィルムを得ることができた。これを使いp型ドーピングやn型ドーピングを行い、p/n接合を作製して光電変換素子を作ろうという話になりさっそく実験を開始した。この結果をまとめたのが2)である。これが会社生活での最初の論文になった。

そんな時、社内で無機半導体にイオン注入を実施してp/n接合を作っている方がいて相談に行ったら、すぐにサンプルを持って来いということで金曜日の夕方の時間が指定された。はておかしいなと思いつつサンプルを持参するとすぐに真空チャンバーにサンプルをセットし、そこから延々と朝まで実験が続けられた。その方は金曜日の夜はいつも徹夜で実験をやる方だった。社内の電力消費が少なく電源が安定しているためだそうだ。そこから何回か実験を行ない、きれいなp/n接合ができることを実証した。これは論文には至らなかったが国際会議で発表した3)。その頃には業務が他に代わっていたため致し方がない。この時の新しい業務が粘土鉱物を使用したナノコンポジット開発の話であり、次回以降に説明したい。

1)C. K. Chiang, C. R. Fincher, Jr., Y. W. Park, A. J. Heeger, H. Shirakawa, E. J. Louis, S. C. Gau, and Alan G. MacDiarmid,
Phys. Rev. Lett. 40, 1472 (1978)
Electrical Conductivity in Doped Polyacetylene

2)Arimitsu Usuki, Makoto Murase, Toshio Kurauchi,
Synthetic Metals, Volume 18, Issues 1–3, Pages 705-710, February 1987
Photovoltaic effect of n-type polyacetylene junctions

3)USUKI, A., et al. “PHOTOVOLTAIC EFFECT OF K+-ION IMPLANTED POLYTHIOPHENE.” ABSTRACTS OF PAPERS OF THE AMERICAN CHEMICAL SOCIETY. Vol. 193. 1155 16TH ST, NW, WASHINGTON, DC 20036: AMER CHEMICAL SOC, 1987.

Author: xs498889

1 thought on “20240422 会社での初の論文

  1. 大学院修士時代と入社直後のギャップは面白いですね。私の場合も修士時代は、結晶性及びアモルファスポリマーのグリュナイゼン定数と熱物性(J.Polymer Sci., A-2, 7, 201(1969))とか結晶性及びアモルファスセレン
    の緩和現象(J. Polymer Sci., A-1, 6, 1597(1969))等のような理想系について数千気圧の高圧下で超音波物性を測定したり、水晶を使った複合振動子などの測定システムをゼロから製作して論文にしました。当時は、物性系研究では、修士1年目で測定システムを自作し、2年目で測定・解析するのが普通でした。測定回路の自作は当然で、研究室で渡されるのは半田ごてだけで後は、秋葉原に行って必要部品を買って組み立てろでした。高圧装置は、自分で製図して専門メーカーに製作依頼しましたが。出来合の装置で測定してはいけない事になっていました。テーマによっては、コンピューターを自作するのも普通でした。今は、出来合の装置を使いこなしたり、組み合わせて研究するのが普通ですが、オリジナルな研究は、装置から作るのが本物です。東工大の中嶋さんがAFMをベースにして素晴らしい研究成果を挙げていますが、彼は昔、私の研究室でAFMを苦労して自作していました。その経験が生きていると思っています。
    ブリヂストンで中央研究所に配属された時のテーマは、「ゴムの不均質構造に関する研究」でした。当時は、オリンピック、新幹線、原発、高速道路網整備などの大工事が盛んで、ダンプカーの過積載、長時間稼働が当たり前でトラックタイヤのトラブルが頻発していました。バースト、疲労、熱劣化、摩耗その他です。これらの問題を突き詰めてゆくと実用ゴム材料の不均質構造を徹底的に理解する事が必要になります。その辺の事情は、プラスチックスエージの2020年9月号78ページ~や10月号94ページ~に書いた通りです。プラエージが2022年11月号で休刊になってしまったのはとても残念です。
    実際のゴム材料は、ゴムブレンド、カーボンブラックのような補強材、架橋、油展、粘着付与剤、老化防止剤その他多くの材料が入った典型的な複雑系です。そのため当時は、まともな研究はあまり無かったようです。
    これらの研究は、基礎研究でしたので日本ゴム協会誌に1970~1973年にかけて発表出来ました。
    現在でもこれらの研究は放射光や3DTEM、大規模シミュレーション、マテリアルィンフォーマティクス、AIなどが加わって発展しているようです。しかし、殆どの研究は出来合の装置による測定の組み合わせでした。実際は、出来合と言っても特注品で他にない装置も使いました。今から思い出すと傑作なのは、ゴムとカーボンブラックの相互作用を調べるためにNMRを駆使したのですが、当時は連続波方式しかなく超強力な発信器を備えたNMRを特注し動かしたところ、他の装置まで影響を受けた事です。そこでパルス法NMRにしたところ問題が一挙に解決しました。
    今ではNMRはパルス法が普通ですが、当時は、連続波法しかなくて、そのメリットを上層部に説明するのが大変でした。多分、ブルカー社のパルス法NMRを国内で初めて購入したのは、BSの筈です。結構東工大や京大などから測定依頼が来ました。これからもこういう分野の研究は発展すると思っています。
    正にナノ構造ポリマー研究です。

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