20240731. 11.光機能性材料への挑戦・・・粒子分散型調光材料の取り組み

会社生活で最初の大きな仕事がナイロンクレイハイブリッドの開発であり、その実用化の現場で働くことができたことは私に大きな自信を与えてくれた。周りの諸先輩方や同僚の力が無かったらできなかったことであり、今更ながら感謝している。上司、管理職は研究の現場には居ないかもしれないが、裏では実用化のために途方もない苦労をしていたというのは自分が管理職になってから分かる。
ここで少しクレイナノコンポジットの話から離れる。ナイロン6クレイハイブリッド材料で実用化に成功した後、研究グループ内ではこのような構造用材料だけではなく、機能性材料の開発に関する機運が広がってきた。有機材料でも特に光機能性材料に関して何か取り上げて研究してみようということになってきた。世の中でもエレクトロクロミック(EC)材料、非線形光学材料、有機EL、液晶などの話題が多く取り上げられるようになった。会社の中でも各グループでEC材料、非線形光学材料、有機EL、液晶などの材料を集めて調べてみることにした。私たちのグループではまず色素分子を眺めてみようという事で様々の色素を入手した。

フタロシアニンは分子の中心にある金属元素により色が異なり、かつとても安定性に優れる分子であることに興味があった。東海道新幹線には青色の銅フタロシアニンが使用されていることは知っていた。ある時メンバーがガラス基板にフタロシアニン色素を挟んでせん断をかける(つまりガラス板を擦る)と色が変化すると言い出した。面白い現象なので調べてみると明らかな偏光性があることが分かった。新規性があると判断しすぐに論文投稿したところ、速報として掲載された。それが論文1)である。

有機ELでは1990年には時任静士さん(現山形大学教授)が入社され精力的に研究をされていたのでそのグループとは情報交換はしていたが、光機能材料に関して我々は明らかに後発組なのでなかなか取り組むべきテーマが固まらなかった。そんな時、トヨタ自動車からタイムリーなニーズを受け取った。それはアメリカのベンチャー会社から粒子分散型調光材料(SPD: Suspended Particle Display)のパテントライセンスの売り込みがありそれの調査を依頼されたのである。私はちょうど色素に関して調べ始めていたのでメンバーと一緒にその材料も実際に合成しその実力を評価することになった。その材料はヘラパタイトという有機化合物の偏光性材料でキニン硫酸塩の過ヨウ素化物である。彼らのパテントをみると、溶媒中に分散したヘラパタイト針状結晶が2枚の透明電極間に充填されておりその重なりの色が見え、電圧を印可するとその針状結晶が一方向に配向して透明になるという原理であった。

さっそく模倣して実験してみるがまったくうまくできない。板状の結晶ばかりで針状結晶ができないのである。有機合成専門のメンバーが再結晶溶媒を探索している時、エタノール中ではゲル化してしまい失敗だと考えゴミ箱に捨ててしまった。それを聞いた物理化学専門のメンバーがピンと来たのか、そのゲルをゴミ箱から拾い顕微鏡で観察してみたところ実はとても微細な針状結晶ができており、かつとても耐熱性に優れた結晶だという事を見つけてくれた。今から思うと有機合成を専門にしているものは私も含めて「ゲル化した(ゲルったと言ってた)」という事は反応が複雑でポリマー化してしまう事を意味するので捨てたのだと思う。ところが物理化学を専門にするものはゲル状物体に興味があったようである。あとはこの針状結晶を溶解しないような分散溶媒を見つければ良いことになった。そこは皆で手分けして片っ端から実験を繰り返し、フタル酸エステルと長鎖アルカンの混合溶媒が適していることを探し出した。

この結果を依頼元であるトヨタ自動車に話したところ、次は多色化をしてほしいというニーズになった。実はヘラパタイトでは赤色しかできなかったのである。そこでキニンとの類似物質をしらみ潰しに当たり、1年足らずで青色と紫色の偏光性物質をみつけ、SPDとして完成させた。ジヒドロシンコニジン過ヨウ素化物とフェナントロリン過ヨウ素化物である。この材料や分散溶媒などは新規性が高く、知財を確保する必要があると考え、トヨタ自動車と一緒になって数十件の特許出願を行った。詳細な説明は論文とは関係がないため省略するが、相当な工数を使って実験を繰り返したものである。

次にこの材料を何とか実用化したいと考えて、当時液晶が使用されていた高級車の防眩ミラーに適用すべく試作品を製造し、チーフエンジニアに見せに行った。ところが時期既に遅しでバブルがはじけ、世界初や日本初といった新材料はなかなか使用してもらうことができなかった。今でもとても残念に思っている。これを論文にしようと考えたが時間も限られており、かつハードルが高く我々としては材料学会での口頭発表とプロシーディングのみで終わっている。それが論文2)である。

1)Hiromitsu Tanaka, Hisato Takeuchi, Arimitsu Usuki, Akane Okada and Toshio Kurauchi
J. Chem. Soc., Chem. Commun., 1851-1852, 1994.
Tetra(tert-butyl) phthalocyanine copper–iodine complex film with large dichroism induced by shear
2)H. Takeuchi, A. Usuki, N. Tatsuda, H. Tanaka, A. Okada and K. Tojima
MRS Online Proceedings Library (OPL), Volume 424: Symposium H – Flat Panel Display Materials II, 317, 1996.
Suspended particle display using novel complexes
Published online by Cambridge University Press:  10 February 2011

Author: xs498889

1 thought on “20240731. 11.光機能性材料への挑戦・・・粒子分散型調光材料の取り組み

  1. 臼杵先生:
    メール拝見しています。光機能性材料の研究は一時ブームで随分沢山の論文が出ましたが、実用化されたのは有機EL位だったように思います。
    この裏話もとても参考になります。私が学生だった頃には、無機ELが本命視されていて東大の5月際では、無機ELセルを自作し、展示した想い出があります。
    しかし、寿命が短か過ぎて駄目でした。それ以来この分野には手を出さないことにしました。韓国のLGが実用化したのは大変な努力があったと思っています。
    2019年には、我が家のテレビは液晶テレビから思い切って65インチの4K対応有機ELテレビ(東芝ですが、ELパネルは多分LG製)に替えましたが、今でも充分機能しています。
    特に東京、パリオリンピックの映像は素晴らしく綺麗に映ります。本当は、日本のソニーが有機ELテレビでは先行していたのに途中で諦め、LGにやられてしまったのはとても
    残念です。
    西 敏夫

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