20251207. 26.受託研究

 先回の25に続き受託研究の続きである。
・バンパー塗膜の黄変
 バンパーは昔、鉄で作られていたが軽量化や安全性のために樹脂化が進んでいった。一時期は発泡ウレタンのRIM(Reaction Injection Molding)で製造されていたが熱硬化樹脂でありリサイクルができないものであった。1991年にはトヨタ自動車で開発されたTSOP(Toyota Super Olefin Polymer)が初めて採用され、それ以後適用例が増えて今ではすべてのトヨタ車にこの樹脂が装備されている。剛性、耐衝撃性、流れ性に優れリサイクルも可能である。またバンパーが大型化し外板と同じ色の塗装が施されて意匠性の面でも欠かせないものになっていった。白い塗料が施されたもので経年劣化により表面がうすい黄色に変化するものが出てきた。この原因解明とその対策が与えられた受託研究である。
 塗料の問題だと考えその黄変した塗料から着色成分を抽出し、ペーパークロマトグラフにより分離精製して構造解析を行った。驚いたことにこれは塗料の問題ではなく、樹脂で良く使用される酸化防止剤(ヒンダードアミンなど)が酸化した化合物でありこれが樹脂中から塗膜中に移行して黄変していることが分かった。すぐにこの添加剤は使用しないことになって更に将来のリサイクルを考慮すると各メーカーの添加剤を統一する必要があると考えてトヨタから樹脂メーカーさんに対して添加剤の種類を開示していただく要請を行った。しかしながら各メーカーさんからはこれは会社のノウハウであり生命線であるため開示は不可となった。今思えば当然であるが当時は無茶なことを言ったものである。
 また別の方策として樹脂中に当時豊田中研で開発されたメソポーラスシリカを添加して黄変物質を吸着するというアイデアを出して効果を確認した。実際は使用していないが今後不具合があった際には一つの対応策にはなると思う。
・酸性雨による塗膜劣化
 塗膜の黄変だけではなく、経年劣化で割れが発生することがあった。塗膜は商品価値を左右するものでありこの外観不良は問題である。その原因解明の受託研究である。当時は酸性雨の問題が指摘されておりそれが塗膜に悪さをすると考えた。しかしながらそれほど酸性度が高いわけではないため不思議ではあった。しかしクルマの保管状態を考えると車庫が無くて外界に保管されている場合は異なる。つまりクルマに降った雨が水滴としてたまりその水分が蒸発することにより酸性度が上がり塗膜に影響を与えると推察した。実際に酸性度の高い硫酸を塗膜上に滴下し表面の応力を測定すると明らかに増加していることがわかり納得できたものである。
・ポリプロピレンの銅害
 ポリプロピレンは自動車で使用される樹脂の半分を占める。エンジン周辺のコネクターなどにポリプロピレンが使用されるようになると電気ケーブルの銅線と接触しているところが劣化してくるという不具合が発生した。銅イオンがPP内部に拡散することによりPPの分子量低下が起き劣化するのである。当時、文献検索や特許検索などを駆使して情報を集めて解決策を探り、銅は直接PPには触れないこととその防止剤があることで乗り切ることができた。
・ナイロン6の塩化カルシウム割れ
 ナイロン6はポリオレフィンよりも耐熱性が高くエンジン周辺部品に使用される。エンジンルームの上部はエンジンフード(ボンネット)により風雨は避けることができるが下部は解放状態である。そうすると冬場の融雪剤(塩化カルシウム)が撒かれた道路を走行するとその融雪剤がナイロンに接触してクラックが発生するという不具合が生じた。これはカルシウムに代表される2価の金属イオンがナイロンの分子間に取り込まれ水素結合が切断されて劣化するとの原理であり、接触を避ける工夫が必要となった。色々な金属イオンで実験したがカルシウムが一番促進されたと記憶している。
現在ではインターネットで調べれば直ぐに適切な情報が得られるが、1990年代後半までは会社内にもパソコンが今ほど多く設置されていなくて、外部の文献検索や特許検索、専門書などで情報を入手するしか手が無かったため大変であった。樹脂の開発だけを行っていては不十分でありこのようなユーザーサイドに立って使用時の問題を調べたことはとても勉強にはなったと思う。
 このように樹脂の劣化解析など多くの事例を担当する中で、この辺りの材料の劣化や寿命をしっかりと学問として確立していくべきという話しになり1988年にはマテリアルライフ学会が発足したと記憶している。初代会長は村上謙吉東北大名誉教授であり、発起人の一人である私の上司の倉内紀雄さん(ナノ構造ポリマー研究協会会員です)は第4代の会長になられた。先見の明は感嘆に値する。

Author: xs498889

9 thoughts on “20251207. 26.受託研究

  1. メール拝見しています。これも面白いですね。ゴムにも共通点があります。
    例えば、バンパーの黄変ですが、タイヤ用ゴムにはアミン系の老化防止剤が配合されていて古くなったタイヤが茶色っぽくなったり、タイヤを保管していると周辺を汚したりします。
    昔は、高級タイヤにはホワイトラインが入っていてそれが年月がたつと色が付き、防止に苦労しました。結局タイヤのホワイトラインは、性能に関係ないので各社共に入れないことになりました。
    PPの銅害は知りませんでしたが、ゴムの銅害は確かです。銅やマンガンが0.001%含まれているだけで、長期物性が劣化します。
    又、ウレタンバンパーは懐かしいですね。確か、1974年にニューヨークでオートショーが開催され、GMのポンティアックグランダムのバンパーがRIMウレタン製でした。自由な局面と押せば柔らかく
    変形して戻るのにビックリした事を覚えています。
    村上謙吉先生とは日本ゴム協会でいろいろお会いしたり、彼の東北大学非水溶液化学研究所の研究室へ伺ったり、集中講義をした想い出があります。確か、彼のケモレオロジーが有名で、
    プリンストン大学のトボルスキー研に留学されたはずです。数年目前に亡くなられたそうです。赤坂生まれの江戸っ子でした。
    西 敏夫

  2. 中嶋も若い時分に村上先生から色々直接ご教示いただきました。我々のナノフィッシングに興味をもっていただいていました。

    MRSに参加するため、一週間ボストンにおりましたが、今から帰国です。ソフトマターのプローブ顕微鏡シンポジウムで招待講演させていただいたり、ジョギングしてMITを見てきたりしました。閉口したのはAir Canadaで、行きも遅延したのに帰りはキャンセルの憂き目に遭いました。トロント経由での羽田便を予約していたのですが、トロントに飛ぶ飛行機がキャンセルになりました。代わりにUnitedでワシントン経由で帰ることになりましたが、その点がStar Allianceの良いところですね。Air Canadaのカウンターでは日本に長く住んでいたという担当の方がとても良くしてくれたので、文句ばかり言うわけにもいかないのですが・・・。

    中嶋

  3. 中嶋さん:
    メール拝見しています。海外の航空会社は、結構あてにになりません。私もノースウェスト、インド航空、中国航空(CAAC)、ヴァージン航空などでキャンセル、オーバーブッキングなどで
    酷い目に遭った事があります。中国の友人に言わせるとCAACは、Chia Airline Always Cancelled の略だと冗談を言われました。
    MITは懐かしいですね。1986年にニューロンドンでゴードンコンファレンスに招待された時にMITの物理学科教授の田中豊一先生(1946~2000年)に会いました。丁度「ゲルの体積相転移」を発見された
    頃でお元気でした。彼は、会議の合間に若い女性の研究者を見つけては、テニスをしていました。会議の帰りにMITの彼の研究室を見学して「相転移で現れるゲル表面のしわ模様」の研究を見ましたが、丁度
    私たちがやっていた画像解析が使える事が分かり共同研究が始まりました。彼らは、シワを定規でいしいち測っていたのですが、我々が開発した画像の2次元フーリエ変換を使えば、一発で定量化でき、
    シワのパターン変化実時間処理まで可能になりました。共著論文も書いた覚えがあります。
    問題は彼のテニス癖で、2000年5月20日に彼は、奥さんと違う女性とテニス中に心筋梗塞で急逝してしまいました。奥さんも居たとの事ですが、彼女が駆けつけた時にはもう遅かったそうです。
    54歳の働き盛りです。中嶋さんも無理をしないように気を付けてください。
    西 敏夫

  4. MITの田中豊一先生の研究室に私は1985年に訪問いたしました。
    会社の先輩である広瀬さんが田中研究室に2年ほど留学されており、私が初めてのアメリカ出張の際に心配で立ち寄るように言われたためです。
    田中先生のお部屋にも案内されたのですがマンションの一室よりも広いお部屋でびっくりしました。
    一週間ほど滞在し色々な場所に連れて行ってもらいました。あまり覚えていませんが楽しい思い出です。
    実はその広瀬さんが寄稿文17-2で書いたSPring8に常駐し豊田章一郎さんとお昼を一緒に食べられた方です。
    久しぶりにお名前を思い出したので筆をとりました。
    中嶋先生:お気をつけてお帰りください。
    臼杵

  5. 久保山です。
    私は学生時代、遷移金属酸化物ゲルの形成過程に関する研究をしていました。
    その際に研究を指導していただいていた原一広先生(九州大学、昨年定年されました)が、1997年にMITの田中研に留学されていました。
    この当時のインターネット環境についてはあまりよく覚えていませんが、MITにいた原先生と、電話回線とモデムやFAXを利用して論文修正のためのやり取りをしたことを覚えています。
    (メールは利用していましたが、ダイアルアップ回線経由なのか、Ethernet接続だったかはよく覚えていません。)
    その伝手で、私が1999年の年末にMRSに参加した際に、原先生に紹介していただいて田中研を訪問しました。
    お忙しい中時間をとっていただいたこともあり、田中先生とは少しお話をさせいただいた程度の接点ではありましたが、翌年、亡くなったという話を聞き、少し前までお元気にされていたのに、と大変驚きました。
    テニス中に倒れられたという話は聞いていましたが、奥さんと違う女性とテニス中に、という話は知りませんでした。
    私の場合、この程度の薄い接点ではありますが、少し関連があったためお話に加わらせていただきました。

    久保山

  6. 田中豊一先生のところにお邪魔した際に日本ゼオンの方も在籍されていた記憶があって少し調べてみました。

    確かに広川能嗣さんが居られたことが分かりました。文献を添付します。
    広川さんはその後ゼオンを辞められて滋賀県立大学の教授になられ最後は学長だったようです。
    懐かしいです。
    ご参考まで。

    臼杵有光

  7. 日本ゼオンさんが何を狙っておられたか、私自身若かったのであまり興味が無く聞けていません。
    ちなみに豊田中研は人工筋肉を狙って研究を進めていました。
    当時の上司である倉内さんの解説記事を見つけたので添付にて送ります。
    各種の展示会でデモンストレーションを実施し楽しんでいました。

    臼杵

  8. 豊田中研でもゲルアクチュエーターの研究をされていたのですね。
    私がゲルアクチュエーターの情報をフォローしていたころは、水系のゲルを用いたものばかりでした。
    水系ですと、なかなか実用化に持っていくのは難しいように思っていたのですが、なかなか実用化の
    話をきかないなと思いつつ、最近は特に情報を調べていませんでした。
    今回、話題に上がったため、ゲルアクチュエーターの実用化について検索してみたところ、
    以下のような記事がありました。
    https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101268.html
    https://assistmotion.jp/products/
    https://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/textiles/chair/ht-lab/project/pvc.php
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmermd/2016/0/2016_2P2-14b6/_pdf
    PVCに可塑剤としてアジピン酸ジブチルを分散させた系を使用しているようです。
    今後、ゲルアクチュエーターの実用化が進むといいですね。

    久保山

  9.  廣川(広川)先生は、私の入社2-4年目の時の上司でした。今でも律儀に年賀状を交換させていただいております。たしかいまは滋賀県立大も退官されて、京都のご実家か鎌倉のご自宅でごゆっくりされているとお聞きしています。

    橋本貞治(Sadaharu Hashimoto)

コメントを残す